10/03/2012

第35回 こどもの城 山下設計



35回 こどもの城



 城と言うイメージはない外観のデザインですが「こどもの城」です。中堅どころの組織事務所「山下設計」が手がけた総合児童センターで、1985年に竣工してますから既に築27年ですね。私、モコモコ博士の子供たちも母親に連れられて何度となく利用させて頂いた施設です。もう十数年前の話ですけどね。表参道の交差点から渋谷方面に歩いて、国連大学ビルのお隣、ほぼ青学の正面に建ってます。残念ながら2015年には閉館の予定があるみたいです。

 一見して岡本太郎と判る彫刻が正面玄関前にあって、全く迷わずに来ることができます。子どもだけを対象にしたビルではなく、1,200人を収容する立派な「青山劇場」と最大370人の収容の「青山円形劇場」が併設されています。

 私もこの円形劇場で何かの芝居を見たことがありましたが、劇場の造りはなかなかに革新的で、中央の円形舞台を360度客席が囲むと言う完全な円形オープンスペースです。日本初の円形劇場だそうです。建物に向かって左側筒状の外観を持った部分の中にあります。「青山劇場」のほうは、歩道と同じレベルの前庭オープンスペースを行くと正面にしゃれた英文の「AOYAMA THEATRE」の看板が有り階段を数段下がって入り口があります。

 劇場のアプローチ部分は大きく解放されたパブリック・スペースを確保するために3,4階部分を浮かせ、ピロティーとしています。劇場を利用するお客さんにとっては雨に濡れることもなく出入りには好都合な計画になっていますね。通常の劇場には客席空間と出入り口の間にホワイエと呼ばれる緩衝空間を取って、開演前の人々の溜まり場として使われますが、この劇場ではこのピロティーを含め歩道からのアプローチ部分がその役を担っています。

 たまにこの建物の前を通りますが、上演を待ち遠しそうに開演前の楽しそうな親子連れや若い女性の姿を目にします。この劇場はオーケストラ・ピットまである本格的な劇場らしく、ミュージカルなどが多く上演されてるみたいですね。残念ながら私は入ったことはありません。

 この建物の特徴の一つは、開口部と言われる窓の部分に曲面を使っていることです。正面の3,4階部分は矩形の2層分の空間ですが、開口部だけを緩やかにS字にカーブさせています。このカーテンウォールの開口部は、正面と真反対の劇場側にもあります。もう一カ所、建物の西側(正面から見て左側)の立面も同じデザインで構成されています。

 この曲面が「こどもの城」としての建物の顔になっていますね。平面の冷たい印象を避け、柔らかな印象を与え、子どものための建物であることを表現しています。もう一つ、この建物に子どもをイメージさせるモノがあります。円形劇場を囲う筒状の外壁に、縄跳びをしている子どもを置いています。作者は福田繁雄のようです。「日本のエッシャー」と称された方で世界的なグラフィック・デザイナーですが。錯視やトリックを利用したアートにも造詣が深く楽しいアート作品を残した人です。平成21年(2009)に76歳で亡くなっています。

 西側の外部にはいくつかの面白い彫刻が配置されていますが、シンボルモニュメントとして正面に、言わずと知れた岡本太郎の「こどもの樹」があります。岡本らしい強烈なオーラが青山通りにまで流れ出してます。彼の自宅はここから歩いて10分ほどの所にあり、この「おもてサンド・たてもの観察ゼミ」でも取り上げています。

 建築的には、なかなかに面白い建物ではありますが、子供たちの遊びの内部空間は今ひとつなんじゃないの、との印象は免れません。内部は十数年前と全く変わっていませんし、管理運営にもう一工夫欲しい感じですね。せっかくのレストランも何故か現在(20123月時点)は閉鎖中でエントランスの内部は暗い感じです。私も何度か利用したレストランでしたが、金額的にはリーズナブルではありましたが、お味の方がね、チョット、でした。

 ここの事業主体は財団法人・児童育成協会で国立の総合施設としての位置づけになっています。「財団法人」とか「児童育成協会」とか建築の設計を業とするモノにはよくわかりませんが、要は民間の施設じゃない国の施設なんですね。政府の「事業仕分け」のまな板にものって、天下り人事にメスが入ったみたいですけど、国の施設としては随分と頑張っている方なのかもしれませんが、残念ながら、なんか雰囲気が垢抜けないのよね。

 せっかくの建物なんですから、もうチョッと子供たちの為の工夫を見せて頂きたいな〜、というのがモコモコ博士の印象、感想ですね。っと、忘れるところでした。この建物の6,7階に宿泊施設としてのホテルもあるんですよ。一泊¥5,00010,000.-で泊まれるみたいなんですけど、どんな人が利用しているんでしょうね。今回初めて知りましたけど、タワー棟(13階建て)の上層部は、大人の城だったりして。んなことないか。





2/23/2012

395 北河原温


395 北河原温




 今回も、表参道というところは正に建築の美術館の街だと言うことを実感しちゃう建物です。ご紹介するのは「395」と名付けられた建物です。設計したのは北河原温(きたがわら あつし)。はい、このサイトでは既に2度ご紹介している建築家ですね。#28メトロサと#31アルス ギャラリーの設計者です。

 他にこの近辺では、「宣伝会議本社ビル」やキラー通りをチョット入ったところに個人住宅兼オフィースの「サッフォー」と渋谷スペイン坂の上の映画館「ライズ」などの作品があります。そう、彼がやった建物は作品と呼ぶに相応しいものばかりです。表参道建築美術街に飾られる作品として「395」も異彩を放っています。

 青山通り、表参道の交差点から赤坂方向に進むと、直に歩行者用の信号があります。右側の敷地は大きく空いている駐車場ですが、その真ん中あたりに右に折れる小路があります。そこを道なりにほぼ直進すると右側に端座してます。見落とすことは、先ずありません。「GALLERY SHOREWOOD」の看板の向こう側に、っと〜の建物が出現します。

 北河原さんにしかできないコンポジションが惜しげもなく路上にこぼれています。こういう建物がこんな所にあっていいのか、と思うようなファサード(建築物の正面)であり、近隣の環境の中で際立っています。

 何枚かの平板に、円弧を描くつや消し濃紺の壁、不連続に折られた折版の銀の屏風。平板の仕上げは、真っ白なアルミパネル(たぶん)、御影石、コンクリートの打ち放し、と多彩を極め、そこに黒い鉄骨の軒と階段が奔放かつ緻密に配されています。建物左端には木板の壁、床には玉石するら敷かれ奥の和を演出する門扉に繋いでいます。こんなに多様な仕上げを使いダイナミックながらここまで整然とした構成は常人にはなし得ない、すげーなー、のファサードそのものであり驚愕の建築と言えます。ホント。品位、優雅を醸しながら、常ならぬ表情を見せるこんな建物、そうそうあるもんじゃないっしょ。

 建築のデザイン(設計)を業とする人には、構造重視の理工系の人、人々の繋がりを重視する社会学系の人、建築は美しくなければならないとの芸術系の人と様々ですが、北河原さんは芸術系の最先端を行く人と言えます。構造、設備、法規、社会や家政学をも踏まえ、美しい形を提案し続ける姿勢は立派なのです。

 建築は経済性を無視して作ることはできませんが、美しいモノには無限の価値が宿っているのです。全ての物事をお¥と言う単位でしか判断できないような人は貧しく、この建物を評価する目を持ち合わせないでしょう。経済性云々の次元を超えて、ダイナミズムと優雅を崇高に表現したファサードが圧巻です。

 この北河原温という人は、東京芸術大学建築科在学中に国際設計コンペで1位となった人です。超個性的な発想や独創的なデザインを実現できるお人ですね。日本建築学会賞、村野藤吾賞、グッドデザイン賞金賞、等々多数の建築賞を受賞した、聡明なる鬼才です。2009年には日本建築大賞、2010年には日本芸術院賞を受賞してますね。

 建築以外の分野では、世界的なオランダのモダンバレエ団(ネザーランド・ダンス・シアター、芸術監督イリ・キリアン)の舞台美術を手掛け、パリ・オペラ座やニューヨーク・リンカーンセンターで公演。2008年にリヨン国立歌劇場で再演。また、東京芸術大学の大学院建築専攻北川原研究室では、科学や音楽、新しい表現芸術などの分野の専門家と協力し、建築・都市・空間に関する様々な研究・創作活動を展開している。
(以上、ウィキペディアより引用)

 1985年に竣工しています。建物の構造は鉄筋コンクリート3階建てですね。以前は自信の設計事務所をここに構えていたようです。1階にはアートギャラリーが入り、2階はオフィース空間のようで、3階はビルオーナーの住まいみたいです。地階もあるようですが何に使ってるのかしら。1階ギャラリーから地階に下りる鉄骨階段が外からも見えますので、ギャラリーが使ってるのかしらね、入ったことはありません。

 経済状況厳しき日本の社会ではありますが、北河原さんに自分の建物を設計して欲しいと願う人は立派だと思います。建築のファサードは自らのモノであって、自らのモノではありません。近隣の環境を作り出すのは個々の建築です。人々が行き交う都市の環境の中に自らの建物のデザインを北河原温に委ねる卓然の気持ちがあってこそ、周りの環境の品格が向上します。

 表参道と言う街には、沢山の優れた建物が点在し、世界屈指の観光地として名を馳せています。表参道を代表する建物の一つとしてこの建物を見に行く価値は十分にあります。こういう建物が東京表参道にある限り日本はまだまだ安泰であると言えます。







この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。





岡本太郎記念館 坂倉準三


岡本太郎記念館 坂倉準三




 爆発してた芸術家・岡本太郎の住まいとアトリエだった所です。現在は岡本太郎記念館となり喫茶スペースも完備する小さな私設美術館ですね。所在地は港区南青山6-1-19、ブルーノート東京のすぐそばにあります。

 喫茶のお店が入る向かって左側の建物は新たに増築されてまして、こちらは鉄骨の構造駆体に押出し成形セメント板を張ったような建物です。 外壁に大きく顔をモチーフにした作品が目立ってますので直ぐに判ります。右手側の昔からの住まいの方は、コンクリート・ブロックを使った鉄筋コンクリートの建物で、1953年に竣工してますので、既に60年近く使われている建物です。コンクリート・ブロック、ご存知ですよね、そう、住宅の塀などによく使われるブロックです。構造計算上はコンクリート壁構造としての扱いで、床などのスラブと呼ばれる水平部位は通常の鉄筋コンクリートになっているはずです。

 今の時代では、このコンクリート・ブロックを建物に使う事はたまにあります。壁のコンクリートを打設するときに型枠を必要としないというメリットは大きく、建設コストの低減に繋がります。実は、私はこの建物に触発されて、都内板橋区に同じような住宅を設計しています。鉄筋コンクリートの建物でありながら、チョッと高額な木造住宅並みの建設コストで建ちます。木造の構造駆体の寿命は30年ですが、こっちは倍の60年です。結果的には安価な構造駆体費用ではあります。

 この旧岡本太郎邸を設計したのは、恐れ多くも巨匠・坂倉準三です。半世紀以上も前に、このコンクリート・ブロックを使って岡本太郎の住まい兼アトリエを作ってしまったことに驚きを感じます。当時の常識では全く想像できない構法であったはずですし、住空間の仕上げ材としても、当時の人は躊躇し思いもよらなかった素材の提案だったはずです。それを由とした岡本太郎の太っ腹も立派なのです。後世に残る建築は斬新なアイデアを持ち込める建築家とそのアイデアを許容できる建て主とが相まってできるモノであることをこの建物は証明しています。

 戦前のパリ、ソルボンヌ大学にいてピカソに衝撃を受けた岡本太郎とパリ工科大学で建築を学びフランスのコルビジェに師事した坂倉準三の2人は、この住まいの計画案を挟んでどんな話をしたのでしょう。当時、坂倉52才、岡本42才の二人の男が面白がって造った岡本太郎の生活と仕事の場です。

 昔、EXPO'70大阪万博と言うのがあって、そこに「太陽の塔」と呼ばれる巨大なモニュメントを作ったのが岡本太郎ですが、万博開催期間中この塔の目玉のあたりに立てこもった輩がいて、大騒ぎになった事がありました。その時、岡本太郎は「イカスねぇ。ダンスでも踊ったらよかろうに。自分の作品がこういう形で汚されてもかまわない。聖なるものは、常に汚されるという前提をもっているからね(以上、ウィキペディア/岡本太郎)」と言い放ち、若き革命的建築学徒だった私を喜ばせました。さすが岡本太郎との印象を持ったのです。

 同じような事が今年(2011年)5月に起こりました。渋谷のJRと井の頭線を結ぶ連絡通路に飾られている巨大壁画「明日の神話」の右下隅に何者かが3.11の地震津波による福島第一原発事故を思わせる絵を付け加えた事件です。多くのマスメディアは悪質なイタズラと評しましたが、私はこのイタズラを評価します。岡本太郎記念館の館長のコメントも「太郎が生きていても、別に怒らなかったと思いますよ。『ふーん』というだけでしょう」でした。悪質なことは一切ありません。むしろ岡本太郎の壁画をリスペクトさえしているように思います。

 世の中に、ストリート・アーティストと呼ばれる人がいますが、彼らはアートを通して社会に強烈な問題提起を行っています。アメリカのBanksyやフランスのZevsなどが著名ですが、かつての岡本太郎も爆発のアートでもって多くの問題提起をした人です。その彼の爆発を作り出していた拠点がこの建物です。20世紀を代表する日本の芸術家として、84歳で亡くなるまで、彼の仕事場兼住いとして、この住居は彼の活動を支えてきたのです。言わば、この家は岡本太郎の起爆剤、導火線です。

 その起爆・導火線を設計した坂倉準三という建築家も凄い人なのです。建築界の世界3大巨匠の一人、フランスのル・コルビュジェに師事し、日本国内に多くの作品を残し、自分亡き後も坂倉建築研究所が彼の偉功を継いでいます。このサイトで「ビラ・モデルナ」を紹介していますが、どの作品を見ても建築に対する真摯な姿勢が見て取れます。常に建築の設計を学ぶ若い学生諸君の師であり、尊敬に値する建築家なのです。

 岡本太郎記念館の開館時間は、10:0018:00(入館は17:30まで)。火曜日が休館(祝日の場合は開館)で、観覧料は一般 600円となっています。かつて表参道にいた2人の巨匠の爆発現場を見に行ってみましょう。






この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。