6/19/2010

La Chiara 表参道 北山恒

 裏道に隠れ建つ商業ビルです。私、この建物、好きなんです。奥ゆかしさを感じます。表参道の大通りから一歩入ったところあって、私もしょっちゅうこの前の道を歩き、ワイフの誕生日のプレゼントに、1階の真ん中の店、IBIZAでバッグを買ったこともあります。

 この建物には、値の張る仕上げ材が何も使われてないんです。少なくとも外壁、外観はごくありふれた建築資材ばかりです。時に著名な建築家先生が嫌う押出成形セメント板などを平気で使ってるし、鉄骨造であることを露骨に出しています。安価に建物を建てていることをそのまま素直に出しているところに好感が持てるわけです。

 かといって設計に手を抜いていると言うことではないんです。設計には、かなり拘りを感じる建物です。だから、私はこの建物が好きなんですけどね。実にきちんと、設計されています。設計者の拘りも感じるわけで、鉄骨を露出させるところはきちんと露出させ、見苦しくならないように設計しています。鉄骨に慣れているのか、過去の経験が生かされている建物で、設計者の熟練と経験を感じます。調べてみると、私と同い年でした。若い優秀な意匠設計者は世の中に沢山いますが、若い彼らにはマネのできない、習熟した経験に裏打ちされたディテールを感じます。オジサン、頑張ったジャン、って感じですな。

 建物は、モリハナエビルの角を入って直ぐの左側にあります。クレヨンハウスの手前です。2002年8月に竣工した、鉄骨造の建物で、地上3階建て、設計は北山恒(きたやま こう)氏です。現在は、横浜国立大学大学院で教授をされてもいます。「北山恒+architecture WORKSHOP」という設計事務所の所長さんでもあります。設計の業界にいる人の間では、著名な人ではあります。

 北山さん自身が「残念なことに、第三者の手で大幅にファサードが変えられ、当初のコンセプトは壊されてしまいました」と書いていますが、1階ショップ前にガラスの天井を持った回廊のようなモノが増築されています。建築家の性(さが)ではあるのですが、自分が設計したモノに勝手に手を加えられて、お怒りのようです。私だって、自分が設計したモノを勝手にいじくられると、心中穏やかならざる心境で、納得の行かないモヤモヤは晴れませんね。「なんで建主は、オレに一言、言ってくれなかったんだ」てな感じで、何となく不愉快ではあります。

 だけど、北山さん、そんなに怒らなくてもいいですよ。この建物のコンセプトは生きてます。ただ、雨の日にお店への出入りの時に、傘をさしたりつぼめたりするスペースが、やっぱ、どうしても、欲しかったんですよ。雨の日には外部に開くドアの内側にも雨の雫は付くし、使い勝手上、こっちの方がいいんですよ。

 確かに、違和感のあるガラスの回廊ではありますが、どなたが図面引いたか判りませんが、ちゃんと、北山さんのコンセプトを壊さないように地味に造ってるじゃないですか。「これは、もう、オレの作品ではない」なんて事は言わないでしょ。いい建物は、この程度のことで、とは言っても大きいけど、当初のコンセプトは壊されてはいません。私は、この回廊は無いものとして建物を見ました。

 緩い坂道に対して鉄筋コンクリートの基壇をつくり、目線をショップの下の方に置いたのも正解ですし、道路境界部分に竹を植え、ワイヤーで固定するアイデアは秀逸です。私は、このワイヤーのアイデアをどこかで使いたくてウズウズしてますモン。ステンレスのルーバーにしても、表参道交差点そばの隈健吾がやった「ONE 表参道」 のルーバーより、はるかに好感がもてますね。無理に、時間がたてば腐ってしまうような木より、素直に錆びないステンレスを使った方が正解ですよ。

 私は気が小さいので、でかいカメラ持って2階の美容室(afloat-f)に上がることはできませんでしたが、内装は永山祐子女史のようで、3階部分の「最上階に空中に浮かぶ中庭をもつ」とお書きになっている部分も見ることができませんでした。外観だけからも「単純なハコ」の中に、複雑な意匠の意図が読み取れ表参道の建築のグレードを上げる一翼を担っています。

 いい建物です。表参道フリークの皆さん、是非、見に行きましょう。



必ずこちらもお読み下さい。写真はまとめてここにあります。

この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。

根津美術館 隈健吾


 今回は、新装オープンの根津美術館です。雰囲気的には、表参道の南の端っこにあって、南のピリオッドになってます。ここから直線で真っ直ぐ行くと、北のピリオッドとしての明治神宮があります。今年(2009年)の10月7日に、3年半ぶりに開館しました。以前の根津美術館では、中庭の喫茶店でお菓子とお茶を頂くのが楽しみではあったのですが、あの甘味処は未だあるのかしら。さっそく行ってみました。

 お〜〜、そうか、軒下を歩かせるのね。通りの信号を渡ると、直ぐに控えめに徒歩での来館者用のエントランスが出迎えてくれます。長さ約50メートルの軒下。歩道があるにもかかわらず、わざわざ敷地内の軒下を歩道と平行に歩かせるんです。なかなかやってくれるじゃないのよ、の印象を抱かせる竹の回廊です。歩道との間には植栽としての竹林ができあがってます。一気に表参道の喧噪とは別世界に引き込んでくれます。

 建物の外壁には、さらし竹と言うらしいんですけど、びっしりと直径30ミリの竹が打ち付けられています。黒の玉砂利(黒那智)の間に歩道を設け、美術館へ入る心の準備をさせてくれます。明治神宮の玉砂利を踏んでその音を聞かせ、本殿に向かうまでの演出と通じるところがあります。

 設計したのは、誰だっけ。クマさん、隈健吾です。表参道交差点の『ONE 表参道』をやった人です。随分と印象の違うビルを設計したモンだ、とも思えちゃいますね。今回は和風を感じさせるじゃないですか。庭の甘味喫茶は未だあるのかなー、とそっちの方も気になったりして。軒先の処理も思い切ってますね。樋がないもん。そのまま雨水は流しちゃうのね。その雨水を受けるドブが玉砂利の下に隠されています。

 切り妻の大屋根に降った雨が一気に軒先から落ちるのってどんな感じだろう。今度、雨の日に見に来なきゃ。亜鉛メッキされた梁が表しで軒を支えてます。ディテールはきれいですね。ここまでは実に繊細な設えになっています。なかなかいいんじゃないの。庭が壊されてて、甘味喫茶が無くなってたら、ただじゃおかないからね、と左に曲がって建物入り口です。

 ん〜〜ん、エントランスを入ると直ぐ左手に大ホールが待ち受けています。これだけのボリュームの空間を大屋根が覆っていると、どうしても暗さを感じちゃいますね。庭に開いたガラス窓だけでは少々暗い。照明が不足なのかしら。右手側には、ミュージアム・ショップがあって、人でごった返していました。

 東武鉄道の社長なんかしてた根津嘉一郎(1860~1940)がお¥に糸目をつけずに集めた自慢のコレクションが、ホールの壁や窓を背に並んでます。日本や東洋の古美術品だ。この辺の素養のない私は、並んでいるモノよりもインテリアの仕上げの方が気になっちゃいます。

 床は断面詳細図(日経アーキテクチャー、2009-10-26 号)には「コーラルグレー t=30 」とありますね。商品名だと思うけど、コーラル(coral)の意味は珊瑚でしょ。何なんだろう、よく判らないけど、壁にも同じモノが使われてますね。天井は「PB t=9.5 ダイライト t=6 竹練り付け」となってます。PB(プラスターボード)やダイライト(大建工業の建材、商品名)は建材としてはよく使うモノですけど「竹練り付け」とありますなー。写真にも撮ってありますけど、竹を薄くスライスしてそれをダイライトに練り付けてるのね。内部にも和を醸し出して、根津さんのコレクションを展示する空間には持って来いの仕上げだと思います。

 私は展示品には全く興味がないので、展示室には一歩足を踏み入れただけで戻ってきました。入ったところで、私と同年代のオバ様ばかりがウジャウジャいます。暗いので写真も撮れないし、今日はいいや、と言うこと。これじゃー、外の甘味処もオバちゃん連中に占拠されてて入れないな、とここで諦めました。

 根津美術館の魅力はお庭とも言えるのですが、坂あり、池あり、いくつものお茶室ありで、多くの木々の中に結構密度濃くて、開放的な雰囲気はありません。広いと言えば広いのですが、狭く感じちゃいます。南青山にこれだけの庭を維持していた根津ファミリーの凄さは感じますが、美術品の趣味趣向や空間の味わいなど、私の感性と重ならない所が大きいような気がしちゃうんです。ダメだとか、悪いとかじゃないんですよ。いいんですけど、私は以前あったお庭の小さな甘味処でお茶が頂ければ、それで十分なんです。

 でお庭です。写真の通りのモノがあります。新美術館の大屋根切り妻が美しいのですが、お茶室の屋根の連なりに、今回の屋根のデザイン・ヒントを見つけたんじゃないでしょうか。日本建築では多々あるデザインですが、上手く現代風にアレンジしてます。多様している竹についても、日本古来の使われ方を参考にしてますね。

 お庭の甘味処は、やっぱ、大量のオバサン方で溢れてました。オバサン方にも加齢臭ってあるんですね。以前の甘味茶屋の趣は吹っ飛んでました。本来のクマさんを感じさせるデザインで、茶屋とは言えない、NEZU CAFÉ として、かなり大きな空間が出現してました。新館とはデザイン・コンセプトも、何もかも違った建物でした。混沌の日本庭園に新たな混沌ができあがっちゃってました。私は、あの、壊れそうな感じさえした、古びた小さな汚い建物で良かったのに、なんとなく淋しい感じ。



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SIA青山ビルディング 青木淳

 「白い巨塔」って感じが、私の第一印象かしら。「子供の城」の角を曲がると直ぐに「何?あれ」の、白い巨大なロールケーキが正面に見えてきます。

 そんな美味しそうな塔が20084月に、表参道にオープンしました。「SIA青山ビルディング」です。1.15m2.2mを一辺とする7種類の正方形の窓が一見無秩序に並んでいるような感じで、建物のコーナーが丸く収められていて、柔らかな印象を与えます。外からは何階建てなのかは判らない、オフィースだかマンションだかも判らないビルですが、各フロアーに上下2段の窓がある注目すべき高層賃貸オフィス・ビルです。

 ビルのオーナーは、ビル名にもあるSIA(シンプレクス・インベストメント・アドバイザーズ)で不動産開発事業などを手掛ける投資会社ですね。お金持ちが持っている余剰資金を集めてビルを建て、人に貸して設けようとする会社みたいなモンかしら。まー金融資本主義の世の中ですから、お¥を使ってお¥を儲ける事を考える会社がオーナーであってもいいですけどね。

 高さ64mです。普通ですと20階を超える建物になっても不思議ではないのですが、このビルは、なんと、この高さで9階建てです。そう、それぞれの階の天井高が異常に高く、4.9mもあるんです。普通の住宅の天井高は2.4mですから、倍以上ですね。因みに階高は6.4mだそうです。中に入るチャンスはありませんでしたが、いいか悪いかは別として、かなり異質な事務所空間だと思います。現在はアパレルメーカーのサンエー・インターナショナルが東京本社として一括で借り上げているようです。

 この場所は、都市計画法上は商業地域であって、建蔽率80%、容積率500%の所なのね。建物の高さを制限する高度地域の指定は無いところで、容積500%以内であれば、高さはいくら高くてもいいよ、という場所なのよ。その他に、日影規制と言うのがあって近隣に何時間以上影ができないようにね、と言う面倒な規制はあるんだけど、建物を細長くすれば、影が当たる時間は短くできるのね。

 このビルの計画のしかたは、その辺の法の盲点を突いてますね。床面積で計算する法定容積率はほぼ目一杯を使ってます。建蔽率は余裕を持って、許容される80%の内46%弱しか使ってなくて、建物を細長く塔状に計画してるのね。普通に考えるとあの場所にはあんなに高いモノは建たないのよ。法的なやり方としては上手く逃げたな、って印象なんです。

 構造は、鉄筋コンクリートの壁構造で、これもオフィースビルとしては珍しい。平面的にも矩形ではありません。変則の5角形です。それぞれの角にはアールを付け、ビルの立面には角がないように設計されてます。この建物には、柱や梁はないんですよ。外壁がそのまま構造体なんですけど、免震構造の細工が施されてるみたいで、通常の耐震構造ではもの凄く厚いコンクリートの壁になっちゃいますけど、免震構造だからそれほどの厚さにはなってないのよね。とは言っても1階部分での壁厚は500ミリにもなってます。施工は鹿島建設がやってますが、構造設計はどこがやったのかは不明です。

 もう一つ、不思議なことがこの建物にはあります。それは、目地が一本もないんです。雨水の浸入を防ぐ為にも、コンクリートを打ち継ぐ所には必ず目地を入れますが、このビルにはありません。地震などで揺れたときにはコンクリートには必ずクラック(ひび割れ)が生じます。このクラックを一カ所に集中させて他の面を守ると言う意味のクラック誘発目地を一定間隔で入れておくのですが、それもありません。外壁の表面が実に綺麗にのっぺりしているのは、そのためです。妙な縦横の線が入ってないでしょ。ロールケーキみたいな外壁で、何階建てだか分かんなくしているのは、そのためもありますね。

 あと心配なのは、窓の両端から流れ出る汚れた雨水の跡が今後出てこないかの不安です。外壁に塗布されている塗料がなんなのか判りませんが、最近の塗料の中にはかかる雨水で自動洗浄するようなモノまであるみたいですけど、築後5年ほど経つと汚れてくるんじゃないかしら、判らないけど。だとしたら白いロールケーキの巨塔も見るも無惨な姿に落ちぶれちゃいますので、メンテナンスには十分なお¥を掛けてくださらないと、折角の美味しそうなビルが台無しになっちゃいます。

 ところで、設計したのは青木淳です。表参道はじめ、銀座、六本木などのルイ・ヴィトンの店舗設計を多く手がけています。東京大学大学院修士課程 (建築学) を修了後、磯崎新アトリエにいて、1991年に独立、青木淳建築計画事務所を開設した後、潟博物館(1997)で日本建築学会作品賞の受賞を始め、数々の受賞歴があります。このSIA青山ビルディングで、2008年度グッドデザイン金賞も射止めています。

 青木淳は雑誌「新建築」(2008年6月号)で、このビルについて下記のように書いています。「機能的な充足を与えることは、普段日常とかわりはない。そして、標準解を基本にして、ただし、その空間と機能と距離を広げる。普段日常にあらがわない。普段日常のちょっとだけ先にあるはずの、ガラッと位相を変えた現実」。途中の抜粋で申し訳ないけど、私はバカなせいか何を言っているのか、さっぱり判らないのよ。師事した磯崎新と似たような文章で、英文に翻訳できない日本語でさ。もうちょっと判りやすい日本語で説明してくださらないかしらねー。




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ビラ・モデルナ 坂倉準三


 事もあろうに、この超・有名建築を忘れてました。何しろ滅多に通らない路地に面していて、私の記憶の底に沈んだまま、35年間、ひっそりと存在していました。分譲マンションです。それもワンルーム・タイプです。

 この表参道に、分譲のワンルームがあるなんて、凄いと思いませんか? 私は一つ欲しいですね。こんな部屋が、こどもの城・青山劇場の裏の方(渋谷区渋谷1-3-18)にあるんですから。竣工したのは1974年、35年前です。それでも、未だに美しく綺麗に建ってます。日本のマンションは、30年を過ぎると、いつ建て替えられても不思議ではない事を考えると、これは一つの奇跡です。

 鉄筋コンクリートの構造駆体の寿命は60年なんですが、設備や防水などの寿命が15年ですから、15年ごとに大規模とも言える改修工事が必要なんです。丹下健三が設計した都庁の超高層は、築18年で、防水や設備関係の寿命は既に過ぎているんで、色々な不具合が出ていまして、メンテナンスが必要なんです。都庁の建設コストは1500億、で、そのメンテナンス費用は1000億と見積もられています。ね、凄い金額でしょ。15年ごとに必要となるメンテナンス費用はかなり膨大で、通常のマンションでは、最初の15年目の改修工事はやっても、30年目の改修工事はしたがらないんです。新しく建て替えた方がいいじゃん、と言うことになっちゃうんです。

 にも関わらず、立派に建っているのがビラ・モデルナです。この建物、未だに、凄くいいです。先日、カメラ片手に行ったんですが、人の出入りがかなりあるんです。ちょっと驚いたのですが、このワンルームを事務所代わりに使ってる方も多いみたいで、その関係かな、とも思いました。一応、写真撮影の許可を得て中にも入らせていただきましたが、日常的なメンテナンスに手抜きはなく、これであれば十分60年は持つ、との印象です。

 鉄骨鉄筋コンクリートのラーメン構造で、地下2階、地上10階建てになります。「居室単位としては、2つの住居タイプと3つのオフィース・タイプを基準形として、これらの変形タイプを含め189室」と197412月号の雑誌「新建築」にはあります。

 設計したのは、坂倉建築研究所で、故・坂倉準三(19045 - 19699月、享年65才)が残した建築設計事務所です。私自身は賃貸派建築家で分譲マンションなど買う気はないのですが、坂倉事務所のマンションだけは立派です。ビラ・ノーバと言うマンションが世田谷にあって、3階建ての中庭を持つ分譲マンションなんですが、図面をみて、初めて、このマンションなら買ってもいいかもと思い、見にも行きましたが、当時もお¥には苦労してまして、近隣のマンションの倍の金額でとても手に入る物件ではありませんでした。たぶんこのビラ・モデルナも相当高かったと思います。いいものは、それなりの金額はするんです。そして、長持ちもするんです。

 坂倉準三という人は、建築の設計をやっている人にとっては、かなりのビッグ・ネームな方です。東京帝国大学卒業後、パリ工業大学を経由して、世界の巨匠ル・コルビュジエの建築設計事務所にいた人です。36才の時(1940年)に東京で坂倉準三建築研究所を設立し1969年に65才でなくなっています。

 知ってる人は殆どいませんが、渋谷駅の設計は1954年に彼がやってます。「岡本太郎記念館」はご存じかしら、ブルーノートのすぐそばにある。かつては岡本太郎の自邸だったところですが、坂倉準三の手がけた住宅です。大きな建物ですと神奈川県庁舎(1966年)などが有名です。「戦後復興と高度成長の中で日本の伝統を新しい視点から作り直すことに情熱を傾けた」建築家ではあります。

 さて、ビラ・モデルナですが、道路から建物へのアプローチが秀逸です。地下1階に吸い込まれるように下りてゆくのですが、大きなテーブルがあって、未だに人々の憩いの場として使われています。一本の植栽としての高木が見事に機能し「このマンションは他とは違うんだからね」と主張してます。

 世田谷のビラ・ノーバの中庭にも中央に1本生えてましたが、立木の使い方ととして1本だけ、必要なところに植える手法は見事ではあります。ビラ・モデルナの小さな各住戸もギリギリの所でプライバシーを確保しています。採光を考えての天窓は「From 1stと同じコンセプトですね。黒川記章の中銀マンションと同じ程度の広さではありますが、こちらの方が人間的な印象を持ちます。黒川も、このビラ・モデルナは見てるはずです。何らかの影響をうけたように感じます。

 外壁から飛び出ている鉄筋の棒は、メンテナンス時の足場として考えてあるように思います。あれがあるのとないのとでは、費用に格段の差が出ます。小さな不具合を、そのままにせず、危険ではありますが職人による外部から工事が可能となり、建物の寿命にかなり影響します。仮設の足場を足場としてではなく意匠の中に上手く組み込んだデザインです。

 当初から計画されていた地下1階のレストランは、昔は高給レストランが入っていたようですが、今は飲み屋さんのようなものが夜だけオープンしてます。坂倉の建築に触れたい方は、行ってみてもいいかも。


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3/31/2010

ニール・バレット ZAHA Hadid


 ザハ・ハディド(ZAHA Hadid)って名前、ご存じ? じゃーニール・バレットは? ザハは超過激な女性建築家。ニール・バレットは、男性ファッションの高給ブランドです。2者のコラボが表参道にありました。

  今回は、インテリアのご紹介です。建築がダメだってことじゃなくて、その中の1階と2階、特に1階部分に注目です。ザハ・ハディドZAHA Hadidって名前、ご存じかしら。建築の設計関係にいる人や、設計に興味のある学生さんの間では、少々知れてる人です。その人がやったインテリアが、なんと、表参道に、あったんです。場所は表参道の交差点をプラダの方に向かって、プラダ・ビルのちょっと手前の路地を左に入ったところの左側です。他にお店はありませんので普通は曲がるところではない地味な路地です。

 ニール・バレットって言うファッション・ブランドは有名なの? 私は知らなかったんですけど、そこのショールームです。男性モノが中心のようですが、私はユニクロのファッションで、チャリンコ通勤してるので、当然、存じ上げません。「チェーンの油汚れがチャーミング」なんて言われることはあっても「格好いいニール・バレット着てるジャン」なんて言われたことないですもん。

 そのニール・バレットのショールームが、ザハ・ハディドの作です。ザハは、イラクに生まれたハチャメチャな女性で、現在は英国を拠点に世界を股にかけて活躍してるオバサンです。迫力の顔立ちで、私と同い年。

 「もう、いい加減にしてくれないかナー」という印象の建築家で、好き勝手にやっちゃってる人ではあります。建築を勉強したのはロンドンの名門AAスクール(Architectural Association School of Architecture)。2004年に女性として初めて、建築界のノーベル賞とも言われているプリツカー賞も受けてます。自身のホームページを見ても判るように、完全な芸術家肌の人です。かなり扱いにくそうで、その分「やな奴」のレッテルが貼られてます。

 彼女のデザインは「ロシア構成主義の建築や美術の強い影響のもとにあり、コンセプチュアルで空想的なものを現実空間に出現させることで利用者に驚きを与えている」とウィキペディア(Wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/ザハ・ハディッド)にあるように、長いこと建築家と言うより学術的な建築思想家だったような人ですね。

 実際の建築作品ではなく、建築思想の提唱者として過激なコンセプトで知られていた人です。まー建築家にも色々いるわけで、私は嫌いじゃないですよ、こういう建築は。過激でいいっすが、実現できないような計画の図面を描いて、自分の論を押し通す凄いオバサンなわけで、お友達にはなりたくないような女性ではあります。

 で、「ニール・バレット青山店」がオープンしたのは、昨年(2008年)の9月。私には何の連絡もなかった、のは仕方ない事として、ここで、もう一点注目すべきは、このショップのプロジェクト・マネージメントをした会社です。建築家とクライアントを結びつけた人がいるんです。

 日本に、進出しようとしている欧米のファッション・ブランドが日本でショップを構えるにあたって各種のサポートを必要とするわけで、そのサポート・サービスをインテリア・デザインと共に提供している会社です。一般の人との接点は殆どないわけで知名度は、業界内部はともかくとして、低いんですが、あるんですよ、こういう会社。代表的なところとしては渋谷の交差点のTSUTAYAが入る、大きなモニターのあるビルをプロデュースした浜野総合研究所の浜野安宏が有名なんですけどね。

 そのような建築やインテリアのデザインを足がかりにビジネスを展開している会社があるんですよ。今回ここでは「ギャルド」という会社が入ってます。詳しく知るところではありませんが、ニール・バレットをザハとともに表参道に持ってきた仕掛け人ではあります。原宿や銀座の「HM」のお店なんかも手がける、建築プロデュースの会社です。建築やインテリアなどの仕事に就きたい人には参考になるかも知れないので言及しておきました。


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ヨックモック本社ビル 藤本昌也


 今回は、私一押しの喫茶空間、ヨックモックです。表参道界隈で最も品のある、落ち着いたお店ですね。私のようなセレブリティー(?)御用達のお店でございます。オープンしてから30年以上ですからね。

 竣工は1978年4月。設計したのは藤本昌也率いる「現代計画研究所」と竣工10年後(1988年)に改装を担当した今村雅樹です。2人とも知る人ぞ知る建築家で、藤本昌也は日本建築士会連合会の会長でもあります。今村雅樹は「今村雅樹アーキテクツ」を主宰しています。二人とも各種の受賞歴があり、このヨックモックの建物で、藤本氏は1980年「建設業協会賞」を、今村氏は1993年「商環境デザイン賞」をそれぞれ受賞されています。このヨックモック本社ビルは、それだけ注目を浴びたビルなんです。

 ヨックモックは子供の頃から親しんでいる洋菓子屋さんで、お土産などで頂いたモノがチョッと気取ったオヤツに出てきたりしてました。泉屋のクッキーも美味しいのですが、ヨックモックのクッキーはソフトな歯ごたえで泉屋と一線を画しています。アメリカ人の友人の中に、このヨックモックに目がない奴がいます。そりゃそうです、アメリカ人にはこれだけ繊細なクッキーは作れない、ような気がします。

 本店の建物は、中庭を囲むようにしてシンメトリックに建物が建っています。鉄筋コンクリート造、地上3階、地下1階建てで、特注の青と白のタイルが外壁を覆っています。クッキーと同じように繊細な建物ではあるのですが、なんでファサード側に青いタイルで、中庭側には白のタイルなんだろう、との不思議を未だに持ち続けています。表参道の交差点からプラダ・ビルを超えて直ぐの所、右側に建ってます。深いブルーのタイルが目に入りますが、そんなに目立つビルではないので、通り過ぎちゃうかも。

 建蔽率60%の敷地にあって、58.7%の建築面積で、空いた空間の殆どをオープン・テラスにしてあります。表参道界隈で、このような「庭」を持つ建物は珍しいですね。都内でもそんなにない敷地構成と言えます。解放された外部テラスのテーブル席に座ると、歩道側にチョッとだけ開いてはいますが、ほぼ4方を建物に囲まれ、通りの喧噪から隔離され、落ち着いた静けささえ感じることができます。中央付近には1本の高木が立ち、緑も豊富に配置され、肌に馴染む空気がやさしい所です。春秋のデートには最適。

 こんな環境の中で、お茶や食事ができる所はそんなにありません。寒い日や暑い日、雨や風の強い日には利用価値のない空間です。そんなお¥にならない空間を作り出すためには、建主さんの一大英断英断が必要で、美味しいクッキーを世に送り続けるヨックモックさんのその辺の姿勢に脱帽なのです。私は、泉屋のクッキーも、実は好きなのですが、ヨックモックさんの方を高く評価したい理由がその辺にあります。

 地下や23階の計画がどうなっているのか判りませんが、多分、そんなに使い勝手は良くないと思います。執務スペースは全部狭いだろうし、ショップとダイニングのスペースが分断されてます。厨房への車専用アプローチも見あたりませんもんね。そして、この建物の唯一の欠点は、雨に対する配慮が欠けているんです。そう、傘を差すスペースがないんです。中庭に通じる出入り口のドアーは、雨が降るとドアの内側まで濡れちゃう筈です。一部のアルミサッシの窓もそうなんですが、従業員の方の建物に対するクレームは、だいたい想像できますね。「社長、もう築30年過ぎてますし、建て替えませんか」なんて言われてんじゃないかしら。

 この建物は訪れるお客様中心に計画されていて、お客として利用するときには、本当に気持ちよく使えます。内部の喫茶スペースにしても、外の歩道を歩く人からは、中のお客さんのテーブルの上は、全く見えないように計画されてますし、お客さんと歩行者の視線をずらしてあります。ダイニングの床のレベルが高くなっているんです。歩道側の大きな窓の位置は、外部からは視認しにくくなってますが、テーブルにいるお客様からは歩道を歩く人はよく見えるんです。中庭を含め、外部空間を上手く内部に取り込んでいる計画と言えます。

 人間って、食べているモノや所を他人から見られるのって、恥ずかしいじゃないですか。少なくとも気持ちよくはないでしょ。その辺の微妙とも言える神経を大切に考えての計画なんだと私は思っています。売っているクッキーと同じように繊細さを感じるんです。反面、ウエイトレスのお姉ちゃんにとっては床の上がり下がりが面倒なはずです。それなりの注意が必要で、疲れると思うなー。社長、建て替えちゃダメですよ。

 表参道にはいくらでも、お茶やコーヒーを頂く場所がありますが、ここのヨックモックは最上級のお店です。テーブルに並ぶお菓子やコーヒー、それを囲む空間、テーブルまで持ってきてくださるウエイトレスのお姉ちゃんたちのおもてなしの対応、全て、感じいいっす。コーヒーは、お替わりOKで、そのたびにホイップしたクリームが付いてくるのも、なんとも嬉しくて、又行っちゃうんですよ。美女を連れたハゲかかったオッさんがいたら、私です。


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この原稿は、人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。

3/03/2010

Portofino・ベンジャミン・ウォーナー


 ポルトフィーノ (Portofino)。この名前、聞いたことあります? ないですよね。イタリア語のような語感ですが、どういう意味か、英語の辞書には載ってません。今回は、なぜか殆ど話題になっていない、ショッピング・コンプレックス(Shopping Complex、複合商業施設の意味)のご紹介です。

 建設中は「(仮称)北青山プロジェクト・ヴェロックス北青山開発」とあったように記憶してますが、今は建物の件名としては「Portofino」です。建物の前にある案内看板にも、そうあります。セントグレース大聖堂と呼ばれている結婚式場はご存じですか、その正面です。

 表参道駅のA-1出口を出たところの信号を左に曲がり、左手のクレヨン・ハウスを通り越し、ちょっと行った路地を左に入ると、左にセントグレース、その前にポルトフィーノがあります。このページの写真を見てから行けば「お〜、あったあった、ここね」と直ぐに判ります。

 竣工したのは一昨年(2007年)だったような気がします。何月だったかの記憶はありませんが、工事用の仮囲いの向こうに妙な、魚すくいの網みたいなモノがニョキニョキ出現して、楽しみにしていた建物ではありました。設計したのは、以前ここでも取り上げた「ジ・アイスバーグ・ビル」と同じ設計者、ベンジャミン・ウォーナー氏率いる、Creative Designers International (CDI)です。竣工後数年が経ちますが、未だに半分以上の店舗にテナントが入っていない状況です。私が訪れたときには新たなテナントのインテリア工事中でした。

 今回の建物は、ヒューマン・スケール(地下1階、地上2階建て)で、強烈な印象を与えないところに好感が持てます。表参道の住宅街に建つ建物として、まー都市計画法で定める法的な縛りの中でしか計画できませんので、あのような形になったのだと思います。近隣には緑も多く、それを借景するかのように、道路側には多くの緑を配置しています。変化に富んだ空間構成も楽しげな環境を造りだし、階段や手すりのデザインにも軽やかさを感じます。

 各店舗ごとにアプローチすべく計画され、共用スペースを中心に計画が立てられています。2階部分の店舗に対しても2店舗だけの共有階段になっています。構造的にどのような扱いになっているのか判りませんが、大きく2つの建物のように見えますが、4棟建てかも知れません。

 地下にアプローチする階段が都合3つ計画されていますが、主に使われるのは2つです。ペデストリアン・デッキ(公共歩廊)が1階、グランド・レベルに地下から浮かせてあります。道路やデッキから地下のショップを見せるためにデッキの断面、両サイドにテーパー(勾配)か切ってあり視界を遮らない工夫は上手いと思えます。地下に下りてみるとテーパーのおかげで陽光もより多く取り込むことができ、思ったほどの暗さを感じさせません。

 敷地面積は1,141.27平米ですから約350坪弱ですね。延べ床面積は1,670 平米(500坪ちょっと)。構造は鉄骨造で一部鉄筋コンクリート造のようです。

 外壁を木の水平ルーバーで飾ってますが、チョッと耐用年数に不安があります。既に色あせ、波打っている場所もありますが、人に優しい木の分だけ、暖かさを感じさせます。デッキの床も木を使っていますが、頻繁な補修を覚悟しての事と思います。既に部分補修した跡が見えます。

 建物の裏にも回ってみましたが、裏からは表の表情は全く想像できないくらいに面白くないモノでしたね。建築の裏は見ない方がいいみたいですが、不動産業界の裏もこの建物からは見えちゃうんです。

 建主は「ヴェロックス青山特定目的会社」と言うヴェロックス アセット マネジメント コープが設立した会社のようです。私の知識では「特定目的会社」の意味がよくわかりませんが、他のヴェロックス特定目的会社は表参道の金魚鉢「プラダ青山店」を数年前に取得してるし、そのお隣のCartier 南青山店がはいる「ザ シェルズ オブ アオヤマ」のオーナーでもあるんです。他に「ジ・アイスバーグ・ビル」を持って、ZARA 表参道店が入る「V28ビル」のオーナーでもあります。

 何だか表参道がこの会社に振り回されてるような感じがしないでもないですね。香港の不動産開発・投資会社ヴェロックス・シティ・インベストメントが大本のようです。ファンドだか証券だか知らないけど、建築を不動産としてしか見ず、単にお¥儲けに使おうとする魂胆は、建築物の裏側同様あまり見たくないですね。知らない方がよかった。

 

必ずこちらもお読み下さい。写真はまとめてここにあります。

この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。

HOLON L/R 團 紀彦


 「るにんせん」と言うタイトルの小説、ご存じですか? 6年前に出版され、奥田瑛二によって企画/監督され、松坂慶子主演で映画化もされました。原作は團 紀彦と言う建築家です。

 團 紀彦とは、言わずと知れた作曲家・團伊玖磨氏のご子息に当たる人です。そうです、息子は音楽家にはならず建築家になってます。オマケに小説なんか書いたりして、建築家の素養の中に文章を構成する能力が隠されて居るのかも知れません。なんてね、私も本を書いたり小説書いたりしてますけど、某文学賞で最終選考まで残りましたが、今は単なる燃えるゴミになっちゃってます。

 で、今回「るにんせん」を読んでみました。悔しいけど、すばらしい小説でした。「るにんせん」とは「流人船」であることを知りました。建築家らしい緻密な下調べに裏打ちされ、歴史上の類推の上に小説家としての推測を巧みに組み込んで一つの物語を構築しています。内容は、江戸末期の天保9年(1838年)に起きた流人による、島流し先である八丈島からの脱獄、抜け舟事件を題材としてます。伊能忠敬の測量によって制作した地図にまつわるあれこれの、推測に基づいてのストーリー展開です。歴史の断片が今に伝える「何故」を「多分こうだろう」と仮定すると、全ての謎が解けてくることがありますが、その辺のことを当時の江戸の風俗や文化のなかで小説仕立てに描いています。歴史小説の苦手な私でさえ、夢中で読んじゃいました。絶体、お薦めの小説です。タイトルは「るにんせん」(新風社)です。

 建築家・團紀彦もビッグ・ネームではあります。私も一度お会いしたことがありますが、お坊ちゃまです。團家の系譜って言うの、凄いモノがあります。曾祖父や祖父の代は三井合名会社理事長や東京帝国大学助教授、参議院議員、プリンス自動車社長、九州朝日放送会長などの肩書きだし、親戚にはブリヂストンタイヤ(現ブリヂストン)会長石橋幹一郎などがいて、政治家の鳩山家に繋がってます。自身も東京大学大学院修了後、米国イェール大学建築学部大学院を修了してます。現在は團紀彦建築設計事務所の所長、東大、東工大、慶応、昭和女子大などで講師も勤めているようです。1999年には日本建築学会賞なども受け、受賞歴も多々ある方です。私もこういう家系に生まれ、頭脳明晰だったらなー、何て思っちゃいますよね。

 今回ご紹介するビルは、このセレブリティ(Celebrity)が設計したビルです。こっちも優等生的秀作ではあります。明らかに名のある建築家の作であることが判るビルで、建築途中の「お知らせ看板」に團紀彦の名前を見つけ、完成を楽しみにしていたビルではあります。竣工は 2004 8 月で、ビル名を HOLON L/R と言います。道路側の1階には「±0(プラスマイナス・ゼロ)青山本店」とネイルサロン「Dashing DIVA」が入る(2010年3月現在は、テナント募集中で空いてます)テナントビルです。所在地は東京都港区北青山3-12-12、新しくできた紀伊国屋ビルの裏の方です。

 で、建物ですが、中庭を持つ一つの建物のように見えますが、実は2つの建物です。HOLON L/R L/R の意味は左/右ですね。両方共に鉄筋コンクリートの3階建てですが、若干L棟の方が大きくなってます。隣接する土地2人のオーナーからの依頼で設計・建設したみたいですね。抜群の相乗効果を発揮して2倍以上いい建築空間を作り出してます。竣工後は入るテナントの意向でオーニング(日除け)やピンクの袖壁などが取り付いてしまっています(今はない)が、当初の團紀彦の主張は減じてはいない印象です。

 境界を跨ぐ建築の可能性や、それぞれが独立しながら共通の中庭と連続したファサードは街並みに新たな刺激を与えています。中庭をはさんで、道路側と奥の部分の両方を一つのテナントが持ち、左右それぞれが独立しています。シンプルな造形、ファサードの連続性には非常に好感が持てます。通常ばらばらになってしまう隣接するビルの境界線に公共性を持たせ共通の中庭へのアプローチとしているのは秀逸です。中庭の右手奥にはコーヒーショップがあって、私も何度か利用してます。

 表参道界隈の裏道に建つ珠玉の建物ではあります。こういう建物が点在しているのが表参道です。メインの通りだけでなく、歩いた事のない通りに足を踏み入れると、新たな発見を経験できます。


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この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。