11/29/2011

STRADA 團紀彦


STRADA  By  團紀彦



 表参道の交差点から直ぐの所に建っているが、青山通りや参道からは全く見えない。交差点の交番横の細い路地、山陽堂書店の裏の小路を入ってチョトと行くと左側にあります。このページの第26回で紹介した「 LEMON TREE 表参道ビル」のちょうど真裏ですね。せっかくのビルで人目に触れることが少なく残念な気がしないでもないんですが、実は見えない方が、・・・・です。

 同じく第18回で紹介した「HOLON L/Rビル」の設計者と同じ、團紀彦さんが設計した建物で、團紀彦さんについては、第18回に詳しいのでそちらを見ていただければ、華麗な略歴であることが分かります。へ〜、こういう建築家なんだ、みたいな印象を持って読めるかと思いますので、是非。地下鉄の交番裏、A-3の出口を出て1分とかからない場所ですので、是非行って見てください。

 さて、STRADAと名付けられた2つのビルでありながら1つとして計画されています。このSTRADAの意味が英語の辞書にはなく、イタリア語で「道」という意味らしいのですが、どうなんでしょう。

 正面に向かって左側のビルは専門学校の「青山ファッションカレッジ」が入っています。休憩時間にぶつかると、実にファッショナブルな生徒たちがぞろぞろと外に出てきて、彼ら、彼女らのファッションを見るだけでも楽しめます。私のようなハゲのオッさんにはマネのできないファッションを実に上手く着こなし、流石にファッションカレッジの生徒さんなのです。

 向かって右側のビルには、地下に焼き肉のお店、1階にはメイク関連なのかしらね、美容ディーラーと称する会社が入ってます。「美容商材の販売から、イベントやセミナーの開催、情報誌の発刊、スタジオ運営、コンサルティングに至るまで、美容業界の発展に貢献するべく邁進しております」とネットにある会社です。多分2階もこの会社がお使いで、その上3階には、美容外科・美容皮膚科・アンチエイジングなどを専門とするクリニックが入ってますね。地下の焼き肉屋さん以外は、理容、美容、服飾関連の方々が使っているビルで、お洒落に関連するものばかりで、さすが表参道って感じではあります。そして建物もお洒落なんですよ。

 何と言っても華麗なる一族出身の團さんの設計ですから、少々メンテナンスが不足かなとも思えますが、ハイソな感じを受けます。竣工は1991年ですから既に築20年を超えていますね。外壁の腰の部分には蛇紋(じゃもん)系の大理石や御影石が貼られてますし、見上げれば幕板のごとくに帯状に蛇紋が配されています。一部コンクリートの打ち放しが見えますが、型枠に木板を使い、コンクリートの表面にその木板の跡形が出るよう意識した凝った物です。加えて、表面が錆色になっているコールテン鋼と言われる耐候性のある鋼材の板を素材のまま使ってます。一見粗雑に見せている表面と、吹き付け材と大理石の幕板できれいに仕上げた外壁とを対比させ、双方がそれぞれに表層を主張して面白い外壁を見せています。

 そして、注目すべきは中庭です。この2棟の建物は隣接する2つの敷地に建っている全く別の建物です。その全く別の建物をこの中庭が繫いでいます。敷地境界を跨いで1つの建物が物理的に繋がる以上に、見事に一体化させています。残念なことに学校の許可を得ないとこの中庭には入れませんが、外からでも十分に見渡すことはできます。決して大きくはないのですが、敷地境界を跨いで円形のオープンなスペースを作っています。ルネ・マグリットやジョルジョ・デ・キリコを思わせるような幻想の空気を包み込んでいるような気がしちゃうんですよね。

 チョイと思い過ごしかも知れませんが、シュールな空気を感じます。「街の神秘と憂鬱」というキリコの絵、ご存じないかしら。あの絵の中にある空気感みたいなものがここにはあるのよ。ない? 考えすぎ? そう? じゃーアナタ、見てきてちょうだいませよ。

 こういう空気感を持つ建築って、なかなかないんですから。小さな中庭ですけど、表参道の喧噪から1分と離れていない所にあることが凄く不思議なのよね。敷地も決して大きくなく、中庭も狭い場所ではあるんですけど、團紀彦が何かを意図して作り出した、何もない物で満たされている不思議な空間なのよね。團さんはここに何を表現したかったのか、哲学的に考えてもイイかもしれないような空間なんですよ。この空間がなければ私はこのページにご紹介はしませんでしたね。

 要するに、表参道という現実からチョット隠れた敷地に、見慣れた都市風景から乖離した場所で、現実にはあっちゃいけないような非現実的な空間があるってことなんですのよ。絵画などでは幻想絵画とかシュールレアリズムとか言われる、額の中の、2次元の世界にはあるんですけど、建築としての3次元の世界にあってもいいのかしら的な何か、夢想的と言うか、実はないのに、ここにあるような、え、ウソ、の小さな幻想空間なんですよ。

 誰しも心の中に潜在しているトラウマや悪夢、病的な妙なイメージを内包しているような中庭。宗教的な啓示や神話や民話の世界の、精霊や妖精なんかが浮遊してるように感じません? 超現実の世界が中庭に淀んでいるようなさ。瀧口修造って言う詩人がいるけど、その詩の世界みたいな、音楽で言えば武満徹の音楽みたいな、世界なのよ。チョイと支離滅裂かも知れないけど、そんな空気を私は感じちゃったんでございますよ。

 是非、一度、山陽堂書店裏の小路を入って見てください。






この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。




11/23/2011

アルス ギャラリー  北河原温


アルス ギャラリー  北河原温




 表参道の通りからキャット・ストリートを渋谷方面に向かい、最初の十字路を左に、スターバックスの店を右に見て、もう少し道なりに右の方に進むと、直ぐに白い4階建ての建物が目に入ります。表参道界隈の路地裏、住宅地の一角に「白」が饒舌に建っています。

 白という色は、もの凄く派手な色だと思ってます。男は、真っ白なスーツに袖を通すことは一生涯、多分、ないんじゃないかしら。女性にはウエディング・ドレスがあります。晴れの場での最高の衣装の色として白が準備されています。ドクターが着用する白衣や、調理人、運動着、下着などは汚れを目立たせる白が基調になっています。サラリーマンのワイシャツもそうです(ワイシャツとはwhite shirtからきてますね)。しかし、作業着としての実利的な白ではなく、おしゃれ着として「白」は着こなしが難しい色です。

 建築も同じで、この真っ白な建物は決して寡黙な建物ではありません。小さな建物であっても声高に白を主張してます。竣工したのは2002年ですからそろそろ10年が経ちます。鉄筋コンクリートの建物で、角地2面、道路側の一部には、ビニールコーティングの布張りの屋根と壁が取り付いています。

 10年近く経つと少々汚れが出て、真っ白と言うわけには行きませんが、まだ白を保っています。左側の小路側にある部分は、地下ギャラリーへの明かり取りのためです。正面のギャラリーを中に入ると、左奥に地下に降りる階段室があります。そこを北側の優しい光が布を通して入り、地下の小さなギャラリーへ柔らかで心地よい光を提供しています。正面道路側に張り出している所は、アートスクールの出入り口で、こちらも地下の陶芸教室に降りる階段室と受付空間の明かり取りとなっています。

 そう、この建物はアートを扱う建物です。アート・ギャラリーと共に、アート教室(彫金、陶芸、花など)とアトリエを兼ね備え、上層部階にはオーナーの住宅があるようです。設計したのは、このサイト第28回・メトロサでご紹介した北河原温(きたがわら あつし)です。知的に飛んでるデザインが、北河原温の建築で、表参道界隈に林立する他の建物を凌駕する高度なデザイン性を惜しげもなく主張してます。尊敬すべき建築家で、私・モコモコ博士とはチョイと違うんでございますね。

 受付にいらした方のご好意で、ギャラリーや工房をお見せいただきましたが、インテリアも白です。地下はスキップフロアー的な空間構成で、陶芸の教室として、こんなにきれいで楽しげな空間は始めてみました。地下へ降りる階段の踏面(ふみずら)にガラスを使い、階段自体も鉄骨を大胆に使った構造で、地下深くまで外の光が差し込む工夫があり、暖かな気持ちでアートを学べる空間を作り出しています。1階を含め、地下空間の間仕切りには大型のガラスの間仕切りがあり、それも枠ナシで取り付き、背の高い大胆な建具(引き戸)が秀逸です。

 教室に通う為のパンフレットを頂きに、右側のドアから中に入ると、左側に受付のテーブルがあり、その奥がお花の教室です。この教室と廊下を隔てる界壁が、厚さ10ミリを超える大きなガラスになっています。床から天井まで一枚のガラスで間仕切っていますが、ここに「枠」がないんです。通常は枠を付けてその中にガラスをはめ込むものなんですが、あえて枠ナシで床と天井に、埋め込み用の溝を付け、直接ガラス板を固定しています。間仕切りの役も担っている建具も同じように枠がありません。

 実は、地下にも何枚かのガラスの間仕切りがありますが、全て、建具と共に、そうなっています。余計な線が視覚からなくなり、単純で明快、品位の高いインテリアを作り出しています。これは、一般の人には気付かない、理解しがたい高度な設計であり、注意深い施工性が要求される計画です。

 建物全体の印象やインテリアの印象は、それぞれのディテールの積み重ねから生まれます。「この空間は、何だか判らないけど洗練されている」と感じるインテリアには、必ず何らかの秘密が隠されていますが、ここは間仕切りと建具にもその辺の秘密があるのです。

 地下空間に採光する為には、普通はライト・ウェル(光の井戸)と呼ばれる穴を建物に反って掘り、地下の外壁にあたる部分に開口を設け外部から採光する方法が取られますが、ここはそのライト・ウェルを白色の布で覆い内部空間とし、階段室を計画してあります。北河原温ならではの大胆がここにあり、防火上の問題をどうクリアーしているのか疑問ではありますが、スゲーなーと思わせる部分ではあるのです。

 彫金や陶芸、お花の教室がこんな所にあるなんて全く知らないでいましたが、この建物の中でお教えいただけるのであれば、是非私も、なんて思っちゃいますね。頂いたパンフレットを見ると、それぞれにビギナー・コースなどもあるし、講師陣は北河原さんが教授を努める東京芸大出身の方々で、格調高そうです。

 ギャラリー部分は一般に公開してます。スターバックスに行ったときには、直ぐそばですので、一度、足を運んで北河原温の建築空間に身を置く事をお薦めします。建築の面白さ、奥の深さ、北河原さんの深遠なる意匠を感じることができます。是非、行ってみましょう。









この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。


9/18/2011

スカイゲート 椎名英三


スカイゲート 



 チャリツー(自転車通勤)始めて早6年目の私・モコモコ博士でございますが、毎日、朝晩このビルの角を曲がってるのよ。いつも気になっているビルで、調べてみたら、私の出た学校(日大理工建築)の先輩、椎名英三の設計でした。日大の建築つう所は、意匠系の著名人が少なく、構造で売ってるようなところがあるのね。「構造の日大、意匠の早稲田、両方いい東大」なんて昔は言われてましたから。そんな中で、貴重な意匠系の椎名さんです。意匠って日本語で言うデザインの事ね。

 見ての通り、赤の階段がチャーミングで、このビルを主張してますね。この唐突な違和感が素敵で、ついつい見上げちゃうビルです。ビル名は外部階段の入り口部分、黒の御影石に「HOUSE ONE」とあるのよね。「建築MAP東京」(TOTO出版)には「スカイゲート」とあったんですけど、「HOUSE ONE」なのか「スカイゲート」なのか、どっちが正解なんでしょうね。基本的な構造は鉄筋コンクリート造で、打ち放しの仕上げを採用し、上の赤の階段は鉄骨で造ってます。建ってる場所は、青山通りの「子供の城」に向かって左側、細い道を明治通りに向かい、下り坂の途中、左側にあります。角地に建ってて、赤い階段が目印です。

 その赤い階段を上って行く4階と5階部分は、住宅のようですね。地下もあるみたいですが1〜3階まではオフィース空間になっているようです。住んでいる人にしてみれば、打ち放しのパブリックな階段を上がって、赤くなったところから自分の住まいを無意識に認識させるような工夫で、暗に自分のテリトリーが確認できて、アプローチとしては上手い方法といえます。

 単純明快なオフィース部分の外観デザインに対して、上部の住居部分は、何やら複雑にできてます。鉄骨やアルミの骨組みにガラスを使って軒や庇を付けてますね。屋上部分には半円形のガラスドームまであって、どんなインテリアなのか気になります。ネットを含めたメディアでの紹介は殆どなく、想像するしかないのですが、このビルのタイトルが「スカイゲート」ともありましたが、5階の居室が空に向かって開かれ、天空の門となっているのかしらね。是非、一度お邪魔したい所ですが、夏、熱くないかしら、どうなってるんだろう。(椎名さんのホームページに「Sky Gate 1990」として、Architecture 2のページに紹介されてます。スゲー事になってます)。

 夏、暑いと言えば、この打ち放しコンクリートは概して夏は暑いっすね。当然、冬は寒いってことになります。と言うのは、今、人気の外断熱はこの打ち放しには成立しないので、外部の温度がそのまま建物の構造駆体を暖めたり冷ましたりします。内断熱をきちんとしておかないと、内部にいると夏はムッとするし、冬は底冷えします。冷暖房コストが上がっちゃうってことです。

 安藤忠雄という今人気の建築家がいますが、彼が好んで使う意匠が打ち放しです。インテリアにもそのまま打ち放しの壁を使ったりすれば、内断熱もないことになりますから、冬などは建物全体がキンキンに冷えて中にいる人間の骨まで冷えそうな感じがしますね。
注意しないと、冬には結露が発生したりすることもありますね。

 それでも打ち放しの質感が好きな人は採用するわけです。「なによ、あれ、未だ工事中みたいな感じで、アタシはきらい」という人も多いわけで、建築家の多くは好きなんですが、万人受けする仕上げではないとも言えます。打ち放しは、木造建築で素地のモノを好む日本人特有の嗜好で欧米では殆どない仕上げですね。

 決して安い仕上げではないんです。中に入っている鉄筋を保護するためもあって、30ミリほど余分にコンクリートの打ち増しが必要ですし、使う型枠も新品を1回のみで、もの凄い神経を使っての型枠工事があってコンクリートを打設します。打ち放しには防水効果はありませんので、表面には撥水材と呼ばれる塗料が塗られ、雨にさらされても濡れ色が出ない工夫が施されています。タイル貼っちゃった方が建設コストとしては安い場合が多いですね。

 話は横道にそれちゃいましたが、この「スカイゲート?House One」には、きちんと内断熱はなされている筈です。外観を見ても、実に細かな配慮があちこちにあり、施工も非常に丁寧です。階段の手摺りなどは特注品と思われますし、何故か、階段を支える打ち放しの壁に、縦に細長くアナが開いてたり、地下から立ち上がる御影石の小壁には丸い小さな穴が4つ、3ヶ所にあります。1階の出入り口ドアの横に大きく縦長のスリットも3本入り、来訪者を部屋内部から確認できる工夫も美しく、さりげなく計画されています。

 何と言っても秀逸なのは、コンクリートの打設の美しさです。補修塗料を使っている跡は見えるのですが、素人さんには判らないもので、壁や階段の段裏、床スラブの裏側など打ち放し部分の美しさは立派です。大胆且つ繊細に設計・監理されているビルで、なかなかここまでできるのもではありません。日大の意匠もなかなかに立派なのです。


 ついでながら、最後にもう一つ、直ぐ左隣に建つ「銀杏荘」。この建物も違った意味で面白く、いいんですよ。昭和20年代に建った建物で、宿泊施設です。数年前(2006年)に閉館してますが、この辺で¥4,000以下で泊まれる所って、ここしかなかったんですから。なんと、運営してたのは東京大学だったようです。だから名前が校章にもある銀杏(いちょう)なんですね、きっと。地下1階・地上3階で、客室は21室。会議室や談話室、宴会場などがあって、一般にも開放されてました。文科省共済組合が建物の老朽が主な原因として、閉鎖をきめたんだそうです。
 基壇状の御影石と使ってる外壁タイルが何とも郷愁をそそり、各階に回っている白い鉄パイプの手摺りが昭和の時代を感じさせてくれます。ついでに見てちょうだい。








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8/11/2011

青学・間島記念館 清水組


青学の間島記念館


 今回ご紹介するのは青山学院大学の敷地に建つ間島記念館です。表参道に建つ最古の建物はこれだ!の間島記念館です。段、CHANELDiorVUITTONARMANI、等々のビルをご紹介してますが、たまにはアカデミックな環境に身を置くのもいいもんです。珠玉の近代建築です。

 1929年・昭和4年に竣工した間島記念館。青山学院大学のキャンパス、正門を入って並木道の一番奥に鎮座しているが、この表参道界隈の最古参の建物です。82年前に建ってますから、多分最古参です、多分ね、古いですよ。未だに現役として立派に使われている建物です。竣工当初は図書館だったんですけど、今も図書館として使われているのかしら?

 ペディメントとよばれる切り妻があって、ギリシャ・ローマの神殿のごとくコーニス(屋根の下にある水平材)にも歯形飾りがあるんですよ。列柱があって、柱頭はコリント式といわれる最も派手派手しいゴージャスな柱頭です。正面入口はアーチを配した基壇になっていて、その上に浮かせてのエンタシス(中央部が太い)の列柱です。

 似たような形の校舎は米国の大学に多く、古代ギリシアローマ建築のオーダーを学問の象徴として使うと、なんとなく学問に威厳が出てくるじゃないの。でね、昔から学校建築には好まれたクラシックな佇まいなんですね。名前の由来は、これも米国に多い、寄贈した提供者の名前が付けられてますね。

 回りの木々に癒やされながら建物の前に建つと、落ち着いて勉強する気になったりするんですよ。ホンの数十メートルしか入ってきてないのに、青山通りの喧噪がウソみたいな環境がここにはあって、青学の学生さんは幸せですね。本やノート片手に歩いてるおネーちゃんたちはミニや短パン姿の美人ばっかりだし、私、青学、大好き。モコモコ博士として青学の教授になりたい。

 この古き図書館の左横には、同じく古い建物が建ってます。ベリーホールと呼ばれる、以前は神学部の校舎として使われていた現在の本部棟です。そう青学はミッション系の学校で、以前は神学部なんていう学部があったんですね。昔の学部長の名前がそのまま建物の名前になっています。ベリー先生なんつー人がいたんですね。建物の前にレリーフ像がありますので、ご挨拶してください。

 英語で授業してたのかしらね。ミッション系の大学はどこも英語の偏差値は高いようだけど、そう言うことが尾を引いてるんですね。キャンパスを歩く学生さんたちは、みんな英語しゃべれるのかしら。この建物が竣工したのは、間島記念館の2年後、1931年(昭和6年)で、築80年です。意匠としてはゴシック風ですね。建物上部に霧除けがありますけど、一部壊れてて、長きの風雪も感じますね。頑張れ!ベリーホール。

 この2つの建物、両方共に石造りのように見えますが、実は「洗い出し」と言われる仕上げです。鉄筋コンクリートの構造駆体の骨組みに左官屋さんが、モルタルに細かな大理石チップを混ぜ込んで、大小様々な金ゴテで塗り込むんです。形ができて、完全に乾く前にブラシに水を含ませて洗い落とすんですよ。実に細かなところもその方法で仕上げています。手摺りのひょうたん型の「手摺り子(短い柱のようなもの)」や柱頭のゴージャスなコリントも同じです。平面だけでなく曲面や装飾に至るまで、洗い出しです。

 そう、凄いんですよ、日本の左官職人の腕は。この建物ですと、間違いなく明治生まれの頑固な職人が、寄ってたかって造り上げてますね。今の建物でここまでヤル建物はありません。表参道には有名著名な建物が沢山ありますが、外壁にここまで時間と労力を注ぎ込んだ建物はないんです。そんなこともあって文化庁の登録有形文化財に指定されてます。

 この青学にあって、外の表参道にないもが他にもあります。「表参道ランチ」¥400がそれです。この学食での¥400は、チョー高級ランチです。スパゲティーや麺類は、信じられないようなお値段でございます。学食だけに量は多いし、味を云々するような値段じゃないっす。やたらに奥行きのある長く大きなダイニングには、若く美しい才女がゴチャマンと大口開けて昼食をほおばっております。共学ですから男もいますが、目立ちません。

 表参道にお越しのアナタ、是非、青学に立ち寄りましょう。正門前には警備員の厳ついオッさんが立ってますが、軽く会釈して通過しましょう。何か言われたら「キャンパス内の間島記念館だけ見学させてください」と言えば笑顔で通してくれます。私のように、でかいカメラなんか持って入ろうとすると、止められ、許可を得ないと入れてくれません。学校当局も大きい声では言いませんが、常にオープン・キャンパスです。青学に感謝の気持ちを持って「表参道ランチ」を食べに行きましょう。建物?その後でいいっす。

 正門は入って直ぐ左の地下です。「Restaurant」の看板があります。自販機で食券買ってセルフ・サービスで、誰も怪訝な目では見ないっす。厨房の中のおばちゃんも優しい。オジサンは「オレは新人の教授だ」の構えがいいっす。裏の方に教職員の食堂もありますが、行く必要ないっす。



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メトロサ 北河原温


メトロサ 北河原温 


 っと〜、ここにあったのか〜、と偶然見つけた「メトロサ」である。私の事務所から歩いて直ぐの所。表参道の路地裏に隠れ建つ超有名建築。以前から気にはなっていたのだがどこに建っているのか判らないでいた。

 知的にぶっ飛んでるデザインが、北河原温(きたがわら あつし)の建築ではある。表参道界隈に林立する他の建物を凌駕する高度なデザイン性を惜しげもなく主張し、威光を放っている。雑誌でしか知らなかった形が見えた。コンポジション(構成)が素晴らしく美しい。建築は3次元空間に建ち、写真に撮ったんではこの素晴らしさは全て消えてしまうように思った。

 この集合住宅の設計者、北河原温は現代建築界の巨匠と言える人だと私は考えている。建築を芸術としてとらえることの出来る数少ない建築家である。一般的には「妙なデザイン」と受け取られがちではあるが、単なる妙ではない。気品と共に不軌の挑戦的な姿勢を醸し出す。「どうだ、文句あるか」のデザインに反論の余地はない。

 皆さんが知っている彼の作品は、渋谷のスペイン坂にあります。ライズという、映画館が入るビルでスペイン坂の上で尖っているやつです。実に妙な意匠で、いつまで経っても工事中みたいなあれがそうです。他に、表参道にはアルス・ギャラリーという真っ白な建物があって、近々このページでご紹介する予定ではいます。

 彼自身のホームページに「メトロサは東京・神宮前(表参道)の良好な住宅環境の中にあって比較的小規模の典型的なロフトタイプの集合住宅です。天井を貼らずにコンクリートをそのままインテリアとして生かし、吹抜けのあるメゾネットの立体的な構成や高いドア、スケールの大きなサッシなどによってとてもゆったりとした空間の拡がりが感じられます」とあります。残念ながら内部を見ることは出来ません。集合住宅ではありますが、小さなデザイン事務所がいくつか入っているようで、人や家族の生活感は全く感じない建物です。

 あれだけ沢山の素材を使いながらもパーフェクトな統一感を見せている所に驚かされます。平面的になりがちな立面が、奥行きのある空間としてのダイナミズムを静かに表現しています。素材の違い、テクスチャーの違い、色の違い、を巧みに操作しています。私のような凡人に出来るデザインではありません。建築の設計を少しでも経験した人なら、この建物の非凡なる凄さが判ります。この建物を見て、興奮しないアナタは建築の素人さんです。少しでもスゲーなーと感じるアナタは建築的素養を身につけている人です。

 中庭が造られていています。ステンレス・プレートの垣根の間から、無遠慮にのぞき込み、カメラも向けましたが、地下2階に位置する中庭の床にもステンレス・プレートが敷かれていました。通常であれば奈落の底のような印象を持ちそうな地下2階の中庭ではありますが、地下にまで下ろされた白いテント・スクリーンが光を反射し、暗い印象はありません。敷地面積339㎡(約103坪)に建つ、地上2階、地下2階建ての中規模な鉄筋コンクリート造の集合住宅(総戸数12戸、たぶん)で、竣工したのは1989年です。北河原温はこの建物で、1991年・日本建築家協会新人賞を受賞しています。

 東京芸大在学中に国際設計コンペに入賞するなど、若い頃から国内外を問わず活躍している建築家です。現在は、北河原温建築都市研究所を主宰し、東京とベルリンに事務所を持ち、東京芸術大学大学院の教授でもあります。最近では、山梨県の小淵沢に2007年に竣工した、寓意の森を表現したという「中村キース・ヘリング美術館」で、日本建築大賞を受賞しています。

 皆さん、是非、見に行ってください。表参道に建つ珠玉の建築です。この建物だけを見に、表参道に来る価値がある建物です。ただし、一発でこの建物の前には来られないと覚悟してください。必ず迷います。あのホモっぽいオカマキャラで知られる假屋崎省吾さんのハレンチな邸宅や、歌手の小田和正さんの家(実家?ここで何度か本人を見ました)なんかが点在する付近です。この辺の道路は素直に配置されていませんし、車ですと一方通行ばかりです。曲がりきらないような路地が沢山あります。住所は、渋谷区神宮前5-40-10ですが、グーグルのストリート・ビューを見ると改修工事中の仮り囲いで見えていません。


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パタゴニア・ビル 北山恒


パタゴニア・ビル


 「パタゴニア」って地名でしたよね。どこにあるかご存じ? 地図の上には無いような、ワイルドな桃源郷みたいな響きがあるじゃないの。アウトドアーの遊びが大好きな大人の冒険心をくすぐるような聖地ね。


 私は以前から名前だけは知ってたんだけど、どんな店なのかは知らなかったんですね。この店の前はたまに通るんですよ。凄く気にはなっていたんだけど、最近の私が着るモノはユニクロばっかでさー、入るチャンスが何となく無くて、今回初めて足を踏み入れました。

 いいっす。建物が路上に溢すオーラがインテリアに充満してます。私が行ったのは冬の休日の午後ですが、お客さんで一杯でした。当然ながら、ユニクロなんかのお客さんとは一線を画す雰囲気の、できてる若い人ばっかでした。私のようなハゲのオッさんはいませんでしたね。私の目の7割はインテリアの出来や設えに向けられてましたが、並んでいる商品はアウトドア・アクティビティーにはもってこいの商品に見えました。チャリンコ通勤にも十分以上に使えます。陳列用の棚や家具類も、ショップ・コンセプトに合致した造りで、なんと竹の集成材なんか使ってました。黒錆びを付けた鉄板なども、商品を大切にする店側の配慮を感じさせ、好感が持てました。

 建物自体には、さしてお¥はかけていませんが、古い港の工場や倉庫などと共通する粗雑さを演出するコンセプト作りや、内装の計画にはそれなりのスタッフの作為(いい意味でのね)を感じます。竣工してから10年以上経つ建物ではありますが、それなりの経年変化を上手く使っています。商品陳列の為のインテリアも計算されていますし、建築や内装のどこにお¥を使えばいいのかを熟知している人の作です。

 内部の事務室や倉庫、試着室への扉は枠を含めて日本ではなかなか手に入らないモノです。完全なアメリカン仕様で、昔私が米国にいたときの単純簡素なディテールで、懐かしさを感じました。私、こういう作り、大好きですね。パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナードと言う人の事業姿勢や歴史などがネットのページから読み取れますが、その彼の思想やコンセプトが十分に表現されています。

 建築を設計したのは、以前ご紹介した「La Chiara 表参道」を設計した北山恒(きたやまこう)さんですが、この建物にも建築プロデューサーが関与してます。浜野商品研究所です。ここの環境計画部なのかな?スタッフだった田中玄と言う方の参画が大きかったような印象を持ちます。「これまで日本のパタゴニア全店舗のデザインにかかわってきた」と仰る方で、商業施設研究会
というサイトのインタビューで「パタゴニアは毎年12店舗のペースで10年ぐらいやっています。日本で最初に出店したのは80年代後半だったんですけど、それから今まで日本の店舗にはほぼ全部かかわっています」との記述がありました。

 現在は米国ロス、サンタモニカの近くで、ご自分の事務所・KEN TANAKA STUDIOを主宰している方ではあります。「住宅設計、インテリアデザイン、レストラン、店舗等の商業施設、オフィスインテリア、家具デザイン、ランドスケープデザインなど日常の生活に関わる全てのデザインを自身の手で総合的に手掛け」てらっしゃいます。なんとなくこの方に興味を覚えました。私よりも4つ若く、多摩美の建築学科を卒業後、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 )のデザイン学部・大学院を修了し、浜野さんの所や米国の設計事務所を経て独立したような方ではあります。

 「いかに普通で、平凡そうでいて他にはない、新しいデザインができるか」みたいなことを考えている人みたいね。「精神的な豊かさを象徴するような空間とでも言おうか。華美でなく、かといって質素でもない。更に、作者の造形に対する一方的な欲望がチラチラすることもない。しかし、確かに期待を裏切らない健康的な空間の存在を田中玄は目指しているように感じる。」との評もありましたね。(
いずれも、ネットの彼自身のページより引用

 表参道にある気になる建築の一つとして、紹介が遅れてしまったような申し訳なさを感じる建物で、正式名称としては「クレインズ ファクトリー ティームハマノ&パタゴニア・ビル」です。竣工したのは1998年3月。設計者は、北山恒+アーキテクチャーワークショップ,総合プロデュース・浜野総合研究所。構造は鉄骨造で、地上3階建て。関与しているデザイナーは、パタゴニア社内の設計部門や田中玄さんたちです。

 そうそう、お店の場所は、キャットストリートを渋谷方面に歩いてゆくと右側にあります。もう10年以上前からありますので、ご存じですよね。こういうデザインを大切にしてくれるオーナーの扱う商品に間違いはありません。従業員の、ハゲのオッさんに対する接客にも好感が持てました。近々、ダウンのジャケットでも買いに行きます。


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レモンツリー表参道 岸和郎

レモンツリー表参道 岸和郎

ルナ ディ ミエーレ 表参道ビル 


 以前から気になっているビルがあるんです。表参道の交差点を赤坂方面に向かって直ぐの左側に小さなジュエリー・ショップがあって、そのビルなんですけどね。青山通りの反対側からしかビル全体は見えないんだけど、品のあるきれいなビルなんですよ。

 調べてみると、あの凄い人が設計してることが判りました。岸和郎(きし わろう)という、京都の建築家です。建築家は東京にいるだけではない事を証明する、世界を股にかけた漂泊の人です。故郷や国境を飛び越え、グローバルに高い評価を受けている人で、日本では彼の作品集は余り見かけないですが、海外の出版社からは幾つか出ているようです。

 UC BerkeleyUniversity of California, Berkeley)やMITMassachusetts Institute of Technology)で客員教授までやってますから、おっスゲーじゃん、って感じです。京大の大学院を修了してて、現在は関西方面の建築の学校としてはダントツの京都工芸繊維大学で建築を教えてます。こういう人が設計した商業ビルが表参道にはあるんですよ。

 京都の建築家であることを自覚し、あえて地方都市から世界をクールに見ているよう所があります。京都と言えども、紛れもなく日本の地方都市であり、経済規模は東京に比べればはるかに小さく、多くの建築家は圧倒的に仕事量が多い東京にその拠点を置きたがります。世界に目を向けようとすれば、やはり東京にいた方がはるかに便利なのは万人が認めるところですよね。しかし、彼は積極的に京都から日本を発信しているように感じます。日本を離れて生活すると、日本を客観的に見ることができる事は実感としてありますが、東京を離れていると、東京をクールに見ることができるのかも知れない。たぶんこの人は、そんな目で東京を見ているんだと思います。

 カメラが好きな方はご承知かと思いますが、銀座にライカのショールームがあります。私も何度か足を運び、ため息だけ出して帰ってきてはいるのですが、そのライカ・ショールームのインテリアも彼の手によるものです。カメラ本体に負けず、羨望の美しいインテリアで、銀座の街並みにそのセンスの良さをアピールしています。趣味の良さは超一流です。

 今回ご紹介する建物は、実に小さな5階建てのジュエリー・ショップ兼画廊です。今は「レモンツリー表参道」と呼ばれていますが、以前のビル名は「ルナ ディ ミエーレ 表参道ビル」でした。この名称で検索しないとネットからは設計者の名前は出てきません。敷地面積わずかに9坪(30.90㎡)の土地で、建築面積はわずかに7坪(23.81㎡)しかないんです。鉄筋コンクリート壁構造の3階建てを造り、その上に鉄板プレートを使って5階建てとしてます。狭いところにできる限り有効な床面積を確保したい工夫で、柱は1本もないと言う混構造のビルです。間口だけを見ると、奥行きはあるのだろうと思っちゃいますが、信じられないことに、間口の方が大きいんです。

 是非、行ってみてください。ウソでしょ、と思えるほどに小さな商業ビルです。谷内六郎のモザイク壁画で有名な山陽堂書店から4軒目です。ここの並びのビルは全て奥行きがないんです。青山通り拡幅工事の犠牲になった土地です。裏に細い道があって、それぞれのビルの裏側が並んでますけど、この「レモンツリー表参道」ビルの裏は、まるで正面のように美しいです。きちんと処理されていて非常に好感が持てます。対面するファッション系の専門学校生やレストランのお客さんに失礼の無いような裏側の佇まいをみせています。

 内部の写真も撮ってイイとのことで、無遠慮に撮りまくってきましたが、私の広角レンズでは限界がありました。鏡を随所に使い、狭さをだまし絵のごとくに払拭しています。ジュエリー・ショップとしては必要十分なサイズの店であるようにさえ感じます。4階、5階部分が画廊になってまして、ジュエリー・ショップのオーナーと親しい関係(店員談)にあるらしい作家さんの作品が並んでいます。

 最上階の天井高は高く、6階までの吹き抜けとなっています。大胆に取った大きな開口が眼下の青山通りを見下ろしていて、そこにいるだけで気持ちのいい空間ができあがっています。アクリル素材という物の持つ魅力と魔力を引き出した、彼自身のデザインによるソファーが置かれています。誰でも自由にここまで入って来れるオープンなギャラリーですので、1階にいるお店の方に一声掛けて上がってみましょう。お店としては2階3階の商品も見てもらいたい関係もあって、上がっていただきたいんです。

 岸和郎自信が雑誌・新建築(2005年3月号)で語っているように、あたりまえに求められる建築空間を実現しようとすれば、皮肉にも、あたりまえではない特異な工法・構造を採用せざるを得ない、と言うようなことを書いていますが、有能な建築家の控えめな発言です。この狭い土地で、柱や梁のない矩形の空間を実現することは大きな挑戦であることを、一般の方は承知・理解しません。人知れず、杭との関係において建物の自重を軽くするアイデアを練ったに違いないのです。その上に、細部のディテールにも彼のアイディアが読み取れます。夜のファサードをいかに美しく見せるかの腐心の跡も見え、ただただ脱帽の建物が表参道に建っています。設計したのは、京都にいるワールド・ワイドな建築家・岸和郎という方です。覚えておくべき日本の建築家のお一人です。


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この原稿は、下記の人気サイト「おもてサンド」の「たてもの観察ゼミ」に紹介されたモノで、私が写真を撮り、文章を書いたモノをベースにしています。