1/23/2010

ONE 表参道 ・隈健吾


 今回は「表参道の入り口に立つ建物として『ONE 表参道』と名付けた」という、謎の命名のビルです。

 このビルのファサード(建物正面)は、表参道の街路樹に面して50メートルもあるんです。ほぼ100%の建坪率を持つ妙な格好の敷地で、敷地形状にぴったし合わせるような平面をしています。そのために、表参道の信号機の所からは6メータにも満たない側壁が見え、その5,6階部分をテラスとして欠き込んでますね。片持ちで張り出した7,8階の吹き抜けをガラス張りにして、大胆に町並みにそのフォルムを主張しています。

 土地と建物を持っているのは印刷機メーカーで、建物を一棟借りするのは LVMHファッション・グループ・ジャパンという会社です。ルイヴィトンを筆頭に 40 社以上を傘下に納める、著名なブランドをいくつも所有するファッション関係の会社です。低層階に4つのブランド店が入り、上階はルイヴィトンなど数社のオフィースとショウルームになっているようです。ブランド好きな女性にとっては、こういうビルって垂涎なのかしら。

 このビルで見るべき所は、ファサードを形成する木製のルーバー( Louver・羽板 )です。「都会の建物で木を使うことに挑戦したかった」と設計者の隈健吾(くま けんご)氏が話してるみたいですけど、商業地域であるここに建つ建物は延焼を確実に防止しなくてはならないわけで、木のような燃える材料でファサードを作ることは建築基準法上できないんです。

 「挑戦したかった」という意味はその辺にあって、できないことをやってやろうじゃないの、と言うのが設計者の素直ではない試みであり、挑戦な訳ですよ。私もそうだけど、なんかダメって言われると、やりたくなっちゃうんですね。建築家の困った習性ではあります。

 そんな建築家の妙な拘りを実現するために、このルーバーの裏側にチョットした細工があるんです。それはドレンチャーと呼ばれている水の排水口が隠されているんです。全部の木製ルーバーの裏側に2.4メーター間隔で水道の蛇口みたいなモンが設置されてるんです。建築家の「挑戦したかった」の拘りの為に、かなりのお¥を掛けてサッシの枠に水道管が配管されているんです。

 ルーバー1本の長さは25メーターぐらいあるわけで、2.4メーター間隔にドレンチャーがあれば、一本あたり10個あるってことですな。で、ルーバーが60センチ間隔で50メーターのファサードをカバーしているってことは、ルーバーの本数は83本かしら。ならば、計算上はトータル 830 個の蛇口が隠されていることになりますかね。スゲー量で、正に驚きですな。んなことやってもいいのかいな、って思うのは気の弱い私だけ? 建築家・隈健吾はやっちゃうんですね。

 たぶん、この建物が存続している間に延焼防止の為に、この 830 個ほどのドレンチャーから一斉に水が噴き出すことはないとも思うけど、一度ガソリンを積むタンクローリーでも建物の前で転がしてみたいような気がしないでもない。

 このような形で木を使うと、たとえ防腐材を塗布してあっても、木はだんだん黒ずんでくるのが普通ですね。5年前の竣工時、私の一番の心配がそれだったんですが、案の定、5年の経年変化で、少々黒ずんできてます。竣工当時の木板の美しさはなくなっています。通常は、あのような板状の木は直射日光や雨の当たるところには使わないんですよ。どうしても使いたいときには無垢材を使うんですが、このビルでは集成材を使ってます。もう少し経つとひび割れてくるような気もしますけど、何か特殊加工でもしてあるのかしら。

 まー無垢板なんかを使うととんでもない金額になるし、直射日光にさらされると、間違いなく板は反ってきますんで集成材を使いたくなるんです。無垢板、集成材にしろ木は暴れたり反ったりするもんなんです。だって「板」っていう字は「木が反る」って書くでしょ。反って当たり前なんです。集成材は雨に濡れたり、直射日光を受ければ必ず割れます。窓越しのカウンター・テーブルに集成材を使うと、ものによっては、一夏で割れが生じます。雨に濡れるような所で使えば、それはもうさんざんな目にあいますもんね。

 私の山荘・宅庵(タクアン・長野県八千穂高原)のテラスは既に10年間雨風にさらされ、かなり腐りかけてますね。昨年の夏には、ワイフの体重に耐えきれず、腐っていた床板が足と共に落ち、太腿、オケツの所で止まり。ワイフは危うく数メーター下に落っこちるとこでしたもん。このビルも、あと5年の10年後の経年劣化がどうなっているのか、心配するところではあります。

 因みに、ルーバーはカラマツの集成材に防腐塗料が塗られています。断面の大きさは、厚さは100ミリから12ミリの二等辺三角形のような断面で、出は450ミリです。建物の構造は鉄骨造、地下2階、地上8階で、竣工は 2003 年です。


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コレッツィオーネ・安藤忠雄


 今回は、表参道の「立体メイズ(maze)」です。日本語で「迷路」の意味なんですけどね。始めて行くと必ず中で迷います。あれ、どっちだっけ、何、ここに出てきちゃうの。あのケーキ屋さんにはどう行けばいいんだ、と迷っちゃう建物です。

 ダントツ人気の建築家・安藤忠雄の設計による「コレッツィオーネ」です。1989年竣工ですから、すでに築19年ですね。ケーキ屋さんや家具屋さん、レンタル・ルームや運動施設なんかが入る商業施設です。表参道の交差点から、金魚鉢の「プラダ・ビル」を通り過ぎてズーと行くと、右側にフロム・ファースト・ビルがありますが、その先のお隣にあります。個性的なビルですので、直ぐに判ります。

 このビルの見所は、外壁の仕上げとしての「コンクリート打ち放し」です。素材の美しさを表現しようとする日本人の美意識にマッチする仕上げで、諸外国ではあまり使われない仕上げではあります。日本人は、木材の使い方にしても、日本間を見れば明らかなように、木肌を見せたがるでしょ。柱はカンナがけしただけの素地のままを由とするし、障子にペンキを塗る人は先ずいませんよね。しかし、欧米人は木をそのまま使う事は少ないんです。殆どの場合ペンキを塗って仕上げますもん。

 ペンキも塗らず、仕上げしてないんだから安いんだろう、との誤解が多いのも打ち放し仕上げですが、決してそうではなく、金額的には高い仕上げです。先ずコンクリートの駆体そのまんまの仕上げですから、駆体の劣化を防ぐ為に片面で30㎜の打ち増しが必要になります。構造的に180㎜でいい壁厚が、裏表で60㎜の打ち増しが必要で240㎜になっちゃいます。

 コンクリートを打設するときの型枠も新品のモノが要求されます。まっさらの合板にそれなりのペイントを施したモノ使います。型枠ですから、コンクリートが固まったら取り外して使い回すのが普通ですが、打ち放しの場合には使い回された型枠は使いません。常に新品の合板を使います。

 加えて、コンクリートの打設に凄い神経を使うんです。ジャンカと言われる豆板状にならないようにするのは無論、コールド・ジョイントと呼ばれる打ちついで行く過程でどうしてもできてしまう継ぎ目を出さないように打ってゆかなければならないのですが、これが非常に難しいんです。実はよく見ると「コレッツィオーネ」の外壁にもこのコールド・ジョイントの線が出てます。中の柱には、かなり雑な補修の跡さえあります。型枠を外してみて、綺麗に打ててない場合には、プロの補修屋さんが来て補修し失敗をパーフェクトにごまかしてくれるんですが、2,3年も経つとボロはボロとして出てきちゃうのが打ち放しです。

 表面には、何も仕上げをしてないわけではなく「撥水材」と言われる透明な塗料が塗布されています。これを塗っておかないと雨水などの水分を吸収して問題を起こします。コンクリートには防水性はありませんから、どんどん水を吸収します。吸収したままにしておくとカビや苔なんかが生えてきますでしょ。黒ずんでも来るしね。打ち放しの撥水材の寿命は5年ですから5年毎に塗り重ねが必要となります。塗らないで汚くなったコンクリートの外壁は世の中に沢山ありますでしょ、見たことあると思いますけど。指にツバつけて打ち放しの壁に触ると濡れ色が付かないのは撥水材が機能している証拠です。打ち放しの壁を見たら、やってみて下さい。濡れ色が出てくるようなコンクリートは、打ち放しではなく「やりっ放し」か、メンテナンス不十分な建物で、数年のウチに見るも無惨な外壁となります。

 「コレッツィオーネ」の打ち放しは、かなり綺麗に仕上がっています。安藤忠雄という建築家は、コンクリートの打ち放し仕上げで幾何学的なフォルムを創り出す天才です。その類い希なる感性で世界的な評価を得たのです。美しくない、はずは、ないのがこの「コレッツィオーネ」です。ただし、この安藤忠雄という方は大学での教育は受けていないし、設計事務所で所員として修業したこともないと言われてますから、たぶん一級建築士は持ってないと思います。だって一級の受験資格がないですもん。建築家は一級建築士を持ってなくてもいいんです。事務所に一級を持つ管理建築士がいれば、その人の名前で確認申請出せます。えびチャンだって今日から建築家になれます。えびチャン建築設計事務所だって成立します。私が管理建築士になってもイイですよ。

 だからと言うわけではないのでしょうが、業界的には多くの非難も受けている方です。雨の日に傘を差さないとトイレに行けない住宅や、近所に銭湯があるので浴室は作らなかった、とか、法律で定められた消防設備の設置を拒否したり、バリアフリーを無視した施設では「他の人が手助けしてやればいい」と取り合わなかったりとか、屋外に洗濯物を干すなとか、利用者の使い勝手を無視する身勝手は枚挙にいとまがないのも事実のようです。

 まー世界的な巨匠の多くは、多かれ少なかれ批判の対象にはなってますので、別に驚くことではないんですけどね。日本建築学会賞を始め多くの賞を獲得してるし、なんつったて東京大学の教授(特別栄誉教授)ですからね。エール大学、コロンビア大学、ハーバード大学などの客員教授の経験もありますし、社会的評価はスゲー高い人ではあるんです。最近では、副都心線の渋谷駅の設計なんかして、話題を撒いてます。

 設計者・安藤忠雄の事を考えながら、20年近く経っても美しさを保っている打ち放し「立体メイズ」、迷路建築を楽しむのも一興です。構造は鉄筋コンクリート(ラーメン構造)です。階数は地下1階、地上5階、だと思います。確認できませんでした、ゴメンナサイ。安藤忠雄建築研究所のホームページはないみたいですね。何でだろう。


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1/16/2010

ハナエモリ・ビル ・丹下健三



 今回は、巨匠・タンゲ(故・丹下健三氏)設計の「ハナエモリ・ビル」です。実はこのビル、建て替えの計画があるんです。解体は世の常とは言え、チョット早すぎるんじゃないの。

 竣工は1977年12月ですので、築30年ですね。同じく丹下さんの設計による、国立代々木競技場(代々木オリンピックプール)は、1964年竣工ですから、築43年です。東京オリンピックの開催に備えて、代々木公園内、原宿駅そばに建設され、まだまだ現役の建物です。

 日本人は平気で建物を建て替えるんです。これは一種の国民性ですね。日本人のDNAのなかに、住宅や建築は単なる「消費財」としての意識が根強くあるような気がしてます。それは、昔の日本家屋は木と紙でできてたわけで、凄く燃えやすい構造だったのが一因していると思われます。「火事とケンカは江戸の花」の言の通り、よく燃えるわけです。昔の農家なのでは離れで余生を過ごしていた老人が亡くなると、離れごとまるまる一棟、燃やしちゃう事すらあったんですから。要は病死などしたときには病原菌も一緒に死滅させちゃうと言う考えがあったのかも。神社仏閣などの特別な建築はともかく、木造の住宅などには寿命があり、ある程度使ったら立て直すし、火事で消滅することもやむなし、との刹那的な覚悟や達観があるんじゃないかと思ってます。

 そんなDNAがあるから、わずか築31年のモリハナエ・ビルも、平気で立て替えの計画が出てくるわけです。欧米の石造りの、壊そうと思っても壊れない建物とは違って、建築にも輪廻転生(りんねてんしょう)の考えがあるのかも。まー、私が「もったいないから、このままあと30年は持つから使ったら」なんて発言したところで、お¥設けの経済の論理には勝てないわけで、壊されるときには壊されちゃいますね。森英恵女史も「私、聞いてない」と困惑してるみたいだけどね。地下に降りてゆくと、確かに出て行ったテナント・スペースがそのまま空いてるし、所有する大林不動産はそのつもりみたいね。

 表参道界隈はそんな建築ばかりなんです。まず、前回ご紹介したTOD’Sビルだけど、以前あそこには「カフェ・ド・フロール」というパリでは超有名な、100年以上の歴史を持つ老舗カフェの支店があったんですよ。パリの本店にはピカソやサルトルなど、この店を愛した著名人が多く、そんなお客を相手にする名物ギャルソンがいたりして、日本のフロールもそうだったのかは知りませんけど、一度は入ってみたいカフェではありましたね。安藤忠雄がぶっ壊した「同潤会青山アパート」もそうだし、今は「GAP」のある明治通りとの交差点には「原宿セントラルアパート」があったんです。時代の空気を求めて日本の若きクリエーターたちが引き寄せられた超有名なアパートだったんです。

 で、モリハナエ・ビルですが、このビルの見どころは、前面のガラス張りのカーテン・ウォール(curtain wall・帳壁。建築構造上、建物、梁 、床等で支え、建物の荷重を直接負担しない壁のこと)です。竣工当初はまだ珍しい工法だったようにも思います。正式名称は「青山大林ビルディング」で、丹下氏が手がけた商業施設の代表作の一つですね。森英恵女史のファッション・デザイナーとしての拠点として建てられています。現在は、地上階にファッション・ブティックやチョコレート屋さん、銀行などが入居し、地下1階はオープン当初から、約30店からなるアンティークのお店が入ってます。階数5階建て(地下1階)の鉄骨鉄筋コンクリート造の建物です。

 間違っていたらゴメンナサイなんですが、建物の前で回っている彫刻は、伊藤隆道の作品だと思います。私の好きな彫刻家なんですが、彼の他の作品との共通点が多いので、私は昔から伊藤隆道の作品だと思ってます。静かに回る彫刻は伊藤隆道そのもので、この建物に気高く上品な印象を与える一助になってます。この彫刻の足下にベンチがあって、道行く人のチョットした休息の場を提供してます。カーテン・ウォールのガラスの半分はハーフ・ミラーになってて、並木のケヤキを反射して建物を町並みに同化させちゃって、なかなか憎い演出が施されてます。ベンチ周りに立つと大きな蝶が羽を広げて立ってる人を包み込んでくれるような安心感を与えています。冷たいアルミとガラスの外壁から、これだけの人の温もりのような感じを出すのは至難の業なんですが、この辺が巨匠・丹下さんの凄いところです。計画当初、森英恵女史の蝶のデザインがそのまま建築のモチーフとして使われたような気もしないではありませんね。

 表参道の町並みに、最初に気品を与えた貴重なビルと言えます。たぶん、森英恵女史はこのビルを心底愛してると思いますね。表参道界隈がファッションの街として発展するきっかけになりましたし、この町並みに著名建築家の建物が並ぶ先駆的存在ではあります。正にこのビルが、表参道の町並みを「建築の美術館」化した切掛けとなったビルで、もう少しここにあって欲しいと切に願うビルなんです。



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1/07/2010

TOD'S 表参道ビル・伊東豊雄


 今回は、表参道の通りに、わずか間口10メートルほどのお気の毒なくらい目立たない幅のビルです。イタリアを代表する皮革製品ブランドの「TOD'S 表参道ビル」です。設計したのは伊東豊雄って人です。

 このビルの前とトイメンの伊東病院の間に横断歩道橋があります。そばの信号は、やたらと「待ち」が長いんで、是非歩道橋を渡りましょう。どっちから上ってもTOD'Sのビルが目に入ります。絶対に歩道橋を渡りましょう。きれいなコンクリート打ちっ放しの斜めの線がアナタの視線を釘付けです。

 これほどに品の良さ醸し出すビルはそうそうないっす。2004年の暮れにオープンしましたが、私の事務所の窓から上の方が見えるんです。竣工を楽しみにしてました。明らかに、他とは違う外観を持つコンクリート打ち放しのビルです。これ見よがしに打ち放しの表面を出していないのが、何とも言えず品がいいんです。おまけに普通のビルには必ずある縦横の線を感じさせないんです。開口部の窓に窓枠が見えないし、ものすごいディテール(収まり詳細)をさらっと表現しているんです。

 外壁のデザイン・モチーフに参道の並木、ケヤキの線を使ってますね。斜めの線は1階の「幹」から上階に向かうにつれて枝分かれし、「幹」や「枝」のすき間、約270カ所にはガラスがはめ込まれ全て形や大きさが違います。「スゲーなー、良くやるよなーこんな設計」というのが大方のプロの印象です。外周を柱(厚300mm)で囲み、フラットなボイドスラブ(床のこと、厚500mm)で床を構成しています。「透明でもなく、単なるコンクリートの箱でもないものを実現したい」。との設計者である伊東豊雄氏の思いが成功しています。

 要求される躯体工事の精度は想像を絶するし、コンクリートの躯体仕上げとガラスとが面一(つらいち・同面ってことね)になっているし、サッシ枠が外壁表面に出てもいないし、目地も小さい。シール幅は通常より狭い10ミリ前後しかないんですよ。竹中工務店の躯体工事の精度にはただただ脱帽なんですが、免震構造でなければ実現しなかった意匠ではあります。そう、この建物は、プラダの金魚鉢と同じ考え方の免震構造で、大地が揺れても建物は揺れない建物です。だから駆体とガラスの間の緩衝スペースとしての「目地」幅が小さくできるんです。

 内装は、入ってみるともうビックリしますよ。壁の仕上げ材に、部分的ではありますが本革なんか使っちゃってますもん。さすがTODSっす。因みにインテリア・デザインも伊東事務所だそうです。鏡の使い方も旨いのでちょっと注意してみてください。この間できたビルにも鏡が多用されてましたけど、使い方が全然違うのよ。あっちは「チョットね」だけど、こっちは「ウマイッ!」って感じ。

 設計者の伊東豊雄っていう人は、1941年生まれの東大卒で、菊竹清訓の事務所に勤務した後、独立してます。独立当初はスタッフの中に Dior を設計している妹島和世がいたみたいね。私・モコモコ博士と同い年くらいかと思ってたけど、結構、歳いってますね、今年で67才だもん。2006年には王立英国建築家協会よりゴールドメダルを受賞してるし、世界的にも注目の建築家ではあります。たまに表参道界隈を歩いてて、私2度ほどお見受けしました。見た目には若かったけどなー。

 彼の建築は、歳に似つかず、いつでも若々しいですよ、凄く。いろいろなことに対して挑戦的だし、私、大好きですね。今回のTOD'Sにしても、当初、伊東事務所は、斜めに立ち上がる「木の幹」を太いのを柱、細い枝をブレース(筋交い)と解して構造を考えてたみたいだけど、色々あって、結局はすべてが柱として「斜め柱構造」として大臣認定を取得したらしいのね。大臣認定まで取っちゃう拘りやツッパリは凄いことなんです。構造屋サンも大変だったはず。

 だいたい、この人の建築の多くは凄まじく真面目に「妙」です。横浜西口駅前広場のロータリーの中央に地下街の換気塔としての「86風の塔」がありますが、約20年前に建てられたコンクリートのタワーで、彼のデザインです。夜見ないと面白くも何ともないやつ。見たことはないんですが仙台の「せんだいメディアテーク」なんか、外観は驚きませんけど、内部はめちゃくちゃに大変なことになってる建物ですもんね。常に挑戦の姿勢を崩さない前向きのデザイン思考には敬服の一語に尽きます。

 どうですか、この夜景。街路樹のケヤキの線と外部の柱の線がピッタリとあわさちゃってて、どれが建物でどれがケヤキなのか分かんなくなっちゃうもんな。もう、ホント、立っ派です。I love this building so much. でございますよ。

 デートのお相手がこの建物とすんなり同化できれば、かなりの御人ですよ。建物の中に入って狼狽えたり、変に気取ったりするようなお相手であれば、お付き合いはほどほどにしておいた方がいいかも。何にも感じないような人は論外です。

 

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1/06/2010

明治神宮・アプローチを考える

 明治神宮参拝のスタートは、表参道の交差点です。そう、交差点・信号そばの、交番に並んで巨大な石灯籠がありますでしょ。普段は、大きすぎて、その足下付近にしか目線は行きませんよね。側に立って見上げるか、信号の向こうに行って、意識しないと目には入らないんですけどね。あの対の石灯籠が参拝アプローチのスタートです。

 あそこから、原宿駅方面に向けて坂を下ります。GAPのある、明治通りとの交差点近くまで下り坂です。両脇には並木が植えられています。明治通りとの交差点の向側に、次の大きな石灯籠が対になってますよね。今はコンドマニアのお店の方が気になりますけど、あるんですよ。そして上り坂に入ります。登り切った所の右が原宿駅です。そこに石造り風の橋があって(山手線を跨ぐ)欄干のこっちとあっち、幾つかの石灯籠が見え、神宮の森が目に入ります。

 橋を渡って、ちょっと行った右手奥に、始めてそびえ立つ鳥居が目に入ります。一切の塗装を施さない素木の入り口、明治神宮の門です。通り入る(とおりいる→鳥居)と、一気に神宮の森に入った気がします。突然に街の喧噪が消え、両脇に圧倒の緑を感じ、玉砂利を踏みしめるジャリ・ジャリ・ジャリの音とともに、一気に気持ちが静まります。今歩いてきた世界最先端を行くファッショナブルな通りは幻想の世界だったのか、と思わせるほどに劇的に環境が変わります。

 ジャリ・ジャリ・ジャリの音を足下から聞きながら歩を進めると、やがて石造りの太鼓橋を渡ります。ジャリ・ジャリ・ジャリの音が消え、小さな起伏を超えるのです。森の中の湧き水が創り出している池からそそぐ小川を跨ぐのです。小さな小さな小川で、わざわざ橋を架けなくても土管を1本埋め込んでおけば済むのに、わざわざ橋、それも太鼓橋を架ける作為がそこにあります。ここに日本人の、日本建築のデリカシーを感じちゃうんですねー、私は。海外生活16年で、世界各国いろいろな所を見てきてますが、こんな事ができる民族は日本人だけっす。

 さらに、ジャリ・ジャリを続けると、荘重な空気がより一層深まります。参道をいかにも自然の成り行きのごとく、柔らかく蛇行させ、上下の高低差さえ付けてあるんです。そして、突然に、ほぼ直角に、歩を曲がらせるんです。左折と同時に、眼前に巨大な2つめの鳥居を置き、見上げさせるんですよ。明治神宮の鳥居は遠目には見せてくれないんです。自然木をそのまま使うこともあって大きさには限度があり、近くに寄って始めて見えるようにしているんです。巨大さを演出する技巧がここにあります。

 この辺まで来ると、神宮の森、奥深くに入りつつあることが自覚できます。第二の鳥居をくぐり抜けると視界に映る造形がちょっと変わります。参道が人工的な直線、平坦となり、幾何学的な計画となっています。神聖な空間が近いことを心に暗示させ、粛とした気持ちを高める意図があります。「この先、右なんだな」と思いながらジャリ・ジャリ・ジャリです。

 そして、右に折れた、次の瞬間、品のいいサイズの鳥居とその向こうにお社(やしろ)、伽藍(がらん)の南側の入り口が見えてきます。「お〜、やっと着いたか」の印象と共に奥の御社殿らしき物も、門を通して見えてきます。正に森厳な空気に包まれる、神聖な場所に到達しつつあることが実感できる訳です。

 ここまで来ると、実は少々疲れてきますね。「もったい付けすぎなんじゃないの」なんて思ったりするんですよ、不埒にも。「はい、心の準備は十分できました。お賽銭沢山出します」なんて思いながら、左手の手水所(ちょうずどころ)で身を清める簡易な方法での手を清めるわけです。因みに、この手水所の裏手奥の方に加藤清正が掘った井戸があります。ここからは行かれませんけどね。で、お清めを済ませて、私が最も気に入っている鳥居をくぐり、伽藍にアプローチすることになります。

 南門をくぐると、ここからは完璧な幾何学的世界のシンメトリーになっています。崩すことを「粋」に感じ、アンバランスの美学を由とする日本人に取っては、コチコチの堅い空間配置です。その分、非日常の粛然を感じるわけです。深閑とした中に、何もない物で満たされた「空」の空間が広がり、御社殿と対峙し、真っ直ぐ直線的に拝殿に進む厳粛を演出してます。

 表参道の交差点から一時間近くを掛けてここまで来たんだ。気持ちの整理も十分済んでいる。浮き世の悩みも既にどっか行っちゃたし、誓願成就、よろしくお願いします、てなもんだが、なんで、明治天皇とそのワイフにお願いするんだろう、なんて思うのは私だけかしら。

 ウチの息子が未だ小さい頃ここに来て、「何をお願いすればいいの?」と聞かれ「来年のクリスマスにはもっといいプレゼントがもらえますように、ってお願いしたら」と答えたら、隣にいたオバサンがあきれたような顔で私を見てたっけ。

 まー、いずれにしても、欧米のダイレクトな計画とは全く違う、インダイレクトな空間構成が日本の建築計画です。茶室建築にしても全く同じ事が言えます。門や垣根、日本庭園や木戸、待合いなどを経て狭いお茶室空間に入るわけで、にじり口までの演出はそのまま亭主の客人に対するもてなしになっています。アメリカの建築の学生が日本建築を学ぶときに必ず読む本に「The Book of Tea」があります。岡倉覚三(後の岡倉天心)が書いた本で原書は英語です。今でも翻訳された「茶の本」があります(岩波文庫から¥420.-と安い)ので、明治神宮に行く前に読んでいかれると、ジャリ・ジャリの時の間が持てます。デートの相手に見直されること請け合いです。


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1/02/2010

明治神宮

 今回は、明治神宮です。日本の木造建築の最高峰と言える社殿を備え、自然まで作り上げた都会の奇跡です。

 「明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする神社である」。即ち、明治期(1852年11月3日〜1912年7月30日)第122代天皇だった「睦仁(むつひと)」さんとその奥様「美子(はるこ)」さんを祀ってある所ということなんですね。別に目に見えない神や仏さまが祀られているわけではなく、人間が祀られてるのよね。

 「祭神」って何?「祀る」ってどういうこと?に始まって、明治神宮を語るときに必ず出てくる「神宮」と「神社」の違いや、民俗信仰としての「神道」や「皇室神道」、政教分離の問題、伊勢神宮や靖国神社との明確な違い等々が気になっちゃうのは私だけ? 神国日本とかで、八百万(やおよろず)の神々が日本にはいるらしんだけど、昔は仏教寺院と神社は一緒にあったらしくて、ネットで検索かけて調べ始めるときりがない。お暇な方、あちこち飛んで見てください。

 今回のご紹介は、明治神宮の内苑、原宿駅の裏手にある。神社仏閣としての明治神宮を見ると、これが、実に新しいんです。創建は1920年(大正9年)だから、わずかに築88年っすね。法隆寺の築1401年とは比べられないとしても、日光東照宮だって築391年でしょ。同じ木造の神社仏閣建築であっても、極端に若い建築なんですね。参考までに東京駅舎の竣工は1914年(大正3年)だから、築94年。東京駅の方が古い建物です。

 明治神宮の大きな魅力の一つに神宮の森がりますね。表参道の喧噪を忘れることのできる、信じられない空間が広がってます。「明治神宮が出来る前、この辺りは畑がほとんどで、荒れ地のような景観が続いていた」そうで、今見る森は人工林なんです。私のつたない知識ではドイツからビオトープの専門家を招いての植林が行われたらしいんです。全国から植樹する木が奉納され、現在では246種類17万本もの木々が植わってるそうです。因みに広さは東京ドーム15個分の70万㎡。今ではほぼ自然の状態になっているとかで、ビオトープの世界的成功例として諸外国でも有名なんです。

 とまー、自然まで造っちゃった凄い所ですが、木造建築としてのグレードも、凄く高いんです。最高品質と言ってもいいんですよ。常に発展の途上にあった宮大工の木工技術が、鉄筋コンクリートなどの西洋建築が台頭して、下降線に向かう直前の絶頂期に建立されたモノとして、木造宮大工の最高の手腕が発揮された建物なんです。これ以上の質を誇る木造建築は世の中にない、と言うほどのモノで、こころして参拝してちょうだい。

 表参道で日本建築を語るには明治神宮以外にはありません。折角ですので日本建築の神髄を感じていただくために、今回は「屋根」を取り上げたい。日本の建築は屋根です。私たち日本人は何にでも屋根をつけてきました。先ず霊柩車。お迎えはあの屋根のある豪華な霊柩車が今も人気。昔、ビートルズが面白がって買って行ったとか言う奴。ちょっと品はないかも知れないけど、屋根がある。あれに乗って、あの世に行くのもオツなもんです。船にも付けたでしょ、屋形船。無理に船上で火使って天ぷら揚げる危なっかしい木造船。子供の頃に行ったお風呂屋さんにも入り口には立派な屋根があった。っと、建築家はあれは屋根とは言わず、破風と言う。日本家屋を囲む塀とか門にも屋根はあった。パリの凱旋門は、門っつたって、ありゃ日本人には門には見えねーよ、屋根がないから。そういえば時代劇見てると街の掲示板にもちょこっと屋根がかかってる。五重塔は屋根の建築でしかないし、お城だって、屋根・屋根・屋根だもんな。「いらかの波と雲の波♪」って5月の子供の歌があるけど、「いらか」って「甍」って書いて屋根のことですからね。能舞台は劇場の中に作ってあっても屋根が設えてある、なんで? 相撲の土俵の上の屋根、あれはいったい何なんだ! 昔は四隅に柱があったんだろう、きっと。危ないから柱取っちゃっても、屋根は欲しかったんですね。ボクシングのリングの上には屋根なんかないもんな。天井からぶら下げてでも屋根を残しておくのは、もう、執念だね、ありゃ。明治神宮の鳥居のいちばん上の横架材(笠木という)も、あれ、屋根なんじゃないの。入り口の鳥居の右側に掲示板があるけど、立派な屋根が付いている。中に入れば参道の石灯籠にだって屋根は付いてるじゃん。

 鳥居ってね「通り入る」から来てるとも言われるけど、鶏の止まり木を意味してるんですよね。昔は神社仏閣の前には、なぜか必ず鶏が居たのよ。東南アジアの方行くと、今でも居るけどさ。だから鳥たちの居るところにも屋根を付けたんじゃないかと私は思ってますけど、どうなんだろう。まー門ですよ、神社の。ここをくぐって、玉砂利を踏みしめる音を聞きながら歩いてください。途中小さな太鼓橋を渡るんですが、お気づきですか? その内左側に大鳥居が見えます。ほぼ直角に曲がって行く角ですが、実は90度の曲がりではなく、縁起を担いで88度の曲がりになってます。途中、石灯籠がいくつかあって、その後ろの方には、入ってはいけない、既に「自然」となった森が控えてます。話は飛びますが、鳥居の上に石ころを投げてうまく乗っかると縁起がいい、とかの習慣があるところがあるみたいですけど、明治神宮でそんなことすると警備員が飛んできますから、ご注意下さいね。途中左手に菖蒲苑だったかな、があります。時間があれば ¥500 払って中にはいるのも、いいっすよ。観光客のいない明治神宮の穴場です。左記の写真にもあるような東屋もあって、しっとりとしたデートにはもってこいです。次に右に曲がると、もう一度鳥居があって、その先に御社殿の伽藍が見えてきます。そこの鳥居の手前、左側に手水所(ちょうずどころ)、右に屋根と柱だけの建物があります。両方とも柱と屋根だけの建築ですね。日本建築の原点となる構成です。柱と柱の間に戸が入って「間戸」マドで「窓」となりますが、日本の窓は欧米の窓とは意味が違うんです。

 どう?ここまで歩いて来ると気持ちが落ち着いてくるでしょ、日本の神社仏閣では参道を重要視します。メインの目的の所まで来るまでに心の準備ができるようになっているんです。欧米の教会は広場に面した大きな扉を開けると、正面に直ぐ祭壇がありますが、日本ではずいぶんとまだるっこしいのが特徴です。

 長くなりました、今回はこの辺にします。日本建築について書くと際限がないんです。日本は妙な国ですから建築も妙なんです。靴を脱いで家に入るのは日本人だけですし、お風呂の作りも世界に類を見ないほど立派です。床の間や縁側、畳など外国の人から見ると、全く理解できない設(しつら)えなんですよ。書けばいくらでも書けちゃうんですが、あまり長いと、皆さん読んでくれないもんね。

 最後に一つだけ。明治神宮にはデザインモチーフともいえる、ハート・マークが、たぶん100を超えてあるんです。見つけた数だけ愛が深まるんですよ。私が勝手に決めたんですけどね。さー、ものにしたいお相手と一緒に、いくつ見つかるか。30 は簡単に見つかると思います。お守り買うよりよっぽど恋愛成就です。


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