1/06/2010

明治神宮・アプローチを考える

 明治神宮参拝のスタートは、表参道の交差点です。そう、交差点・信号そばの、交番に並んで巨大な石灯籠がありますでしょ。普段は、大きすぎて、その足下付近にしか目線は行きませんよね。側に立って見上げるか、信号の向こうに行って、意識しないと目には入らないんですけどね。あの対の石灯籠が参拝アプローチのスタートです。

 あそこから、原宿駅方面に向けて坂を下ります。GAPのある、明治通りとの交差点近くまで下り坂です。両脇には並木が植えられています。明治通りとの交差点の向側に、次の大きな石灯籠が対になってますよね。今はコンドマニアのお店の方が気になりますけど、あるんですよ。そして上り坂に入ります。登り切った所の右が原宿駅です。そこに石造り風の橋があって(山手線を跨ぐ)欄干のこっちとあっち、幾つかの石灯籠が見え、神宮の森が目に入ります。

 橋を渡って、ちょっと行った右手奥に、始めてそびえ立つ鳥居が目に入ります。一切の塗装を施さない素木の入り口、明治神宮の門です。通り入る(とおりいる→鳥居)と、一気に神宮の森に入った気がします。突然に街の喧噪が消え、両脇に圧倒の緑を感じ、玉砂利を踏みしめるジャリ・ジャリ・ジャリの音とともに、一気に気持ちが静まります。今歩いてきた世界最先端を行くファッショナブルな通りは幻想の世界だったのか、と思わせるほどに劇的に環境が変わります。

 ジャリ・ジャリ・ジャリの音を足下から聞きながら歩を進めると、やがて石造りの太鼓橋を渡ります。ジャリ・ジャリ・ジャリの音が消え、小さな起伏を超えるのです。森の中の湧き水が創り出している池からそそぐ小川を跨ぐのです。小さな小さな小川で、わざわざ橋を架けなくても土管を1本埋め込んでおけば済むのに、わざわざ橋、それも太鼓橋を架ける作為がそこにあります。ここに日本人の、日本建築のデリカシーを感じちゃうんですねー、私は。海外生活16年で、世界各国いろいろな所を見てきてますが、こんな事ができる民族は日本人だけっす。

 さらに、ジャリ・ジャリを続けると、荘重な空気がより一層深まります。参道をいかにも自然の成り行きのごとく、柔らかく蛇行させ、上下の高低差さえ付けてあるんです。そして、突然に、ほぼ直角に、歩を曲がらせるんです。左折と同時に、眼前に巨大な2つめの鳥居を置き、見上げさせるんですよ。明治神宮の鳥居は遠目には見せてくれないんです。自然木をそのまま使うこともあって大きさには限度があり、近くに寄って始めて見えるようにしているんです。巨大さを演出する技巧がここにあります。

 この辺まで来ると、神宮の森、奥深くに入りつつあることが自覚できます。第二の鳥居をくぐり抜けると視界に映る造形がちょっと変わります。参道が人工的な直線、平坦となり、幾何学的な計画となっています。神聖な空間が近いことを心に暗示させ、粛とした気持ちを高める意図があります。「この先、右なんだな」と思いながらジャリ・ジャリ・ジャリです。

 そして、右に折れた、次の瞬間、品のいいサイズの鳥居とその向こうにお社(やしろ)、伽藍(がらん)の南側の入り口が見えてきます。「お〜、やっと着いたか」の印象と共に奥の御社殿らしき物も、門を通して見えてきます。正に森厳な空気に包まれる、神聖な場所に到達しつつあることが実感できる訳です。

 ここまで来ると、実は少々疲れてきますね。「もったい付けすぎなんじゃないの」なんて思ったりするんですよ、不埒にも。「はい、心の準備は十分できました。お賽銭沢山出します」なんて思いながら、左手の手水所(ちょうずどころ)で身を清める簡易な方法での手を清めるわけです。因みに、この手水所の裏手奥の方に加藤清正が掘った井戸があります。ここからは行かれませんけどね。で、お清めを済ませて、私が最も気に入っている鳥居をくぐり、伽藍にアプローチすることになります。

 南門をくぐると、ここからは完璧な幾何学的世界のシンメトリーになっています。崩すことを「粋」に感じ、アンバランスの美学を由とする日本人に取っては、コチコチの堅い空間配置です。その分、非日常の粛然を感じるわけです。深閑とした中に、何もない物で満たされた「空」の空間が広がり、御社殿と対峙し、真っ直ぐ直線的に拝殿に進む厳粛を演出してます。

 表参道の交差点から一時間近くを掛けてここまで来たんだ。気持ちの整理も十分済んでいる。浮き世の悩みも既にどっか行っちゃたし、誓願成就、よろしくお願いします、てなもんだが、なんで、明治天皇とそのワイフにお願いするんだろう、なんて思うのは私だけかしら。

 ウチの息子が未だ小さい頃ここに来て、「何をお願いすればいいの?」と聞かれ「来年のクリスマスにはもっといいプレゼントがもらえますように、ってお願いしたら」と答えたら、隣にいたオバサンがあきれたような顔で私を見てたっけ。

 まー、いずれにしても、欧米のダイレクトな計画とは全く違う、インダイレクトな空間構成が日本の建築計画です。茶室建築にしても全く同じ事が言えます。門や垣根、日本庭園や木戸、待合いなどを経て狭いお茶室空間に入るわけで、にじり口までの演出はそのまま亭主の客人に対するもてなしになっています。アメリカの建築の学生が日本建築を学ぶときに必ず読む本に「The Book of Tea」があります。岡倉覚三(後の岡倉天心)が書いた本で原書は英語です。今でも翻訳された「茶の本」があります(岩波文庫から¥420.-と安い)ので、明治神宮に行く前に読んでいかれると、ジャリ・ジャリの時の間が持てます。デートの相手に見直されること請け合いです。


 必ずこちらもお読み下さい。

 写真はまとめてここにあります。


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